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EU排出量取引制度への準備はできていますか?/ The EU Emission Trading System - are you ready? (JP)

国内で実施されている排出量取引制度を拡大して、国際海運も対象に含めようという動きが高まりつつあります。EUも、域内での排出量取引制度を2024年から海運に適用する仕組みを取り決めました。船主・傭船者は、この制度にどう対応していくか考え始めておくべきでしょう。

一国のレベルであれば、各国政府は、環境汚染源となる物質、たとえば石油などの物質を生産または販売した時点で税金を課すことは可能です。課税することで、こうした物質の消費によって生じる環境汚染の対策費用を賄い、消費削減意欲を高めることができます。国際海運で難しいのは、一部の国だけが燃料油にこうした税を課してしまうと、購入者が課税港で補油しないように手配を調整する可能性があるという点です。そのため、法律で燃料油に売上税を課すのであれば、世界中の主要補油港すべての所在国政府が足並みを揃えて、同じ形での課税に合意する必要があります。このような動きがすぐに起きる可能性は非常に低く、国際海事機関(IMO)でも課税に関する議論はまだ始まったばかりですが、各国政府は販売時ではなく、排出量に費用を課すことを検討しています。

 

排出量取引制度(ETS)は、国際海運で排出される汚染物質を削減しようと、政府・規制当局が導入を加速させていくと考えられている制度です。ETSの基本的な考え方は、市場メカニズムのもとで「汚染者負担」を徹底することです。汚染者が支払った費用は、汚染に伴う環境・社会的費用や除去費用のほか、場合によっては、汚染物質の削減や除去につながる技術の研究にも充てられます。もちろん、汚染に伴う費用負担が増えることになるので、汚染削減のインセンティブにもなります。

 

そのため、既に実施されているETSを拡大して、EU、中国、日本などにおける国際海運も対象にしようという動きが高まりつつあります。ETSは、排出許容枠を市場で売買することを基本的な考え方としており、排出者は自らの排出量を賄えるだけの排出枠を購入・提出しなければなりません。排出枠の価格は需給バランスに応じて変動するため、排出者は最も経済的な(つまり最も効果の高い)排出量削減方法を自然と模索するようになるのです。

 

EU域内排出量取引制度

 

2005年に施行されたEU ETSは、「キャップ・アンド・トレード」という手法を採用しており、特定の部門のCO2排出業者は、該当取引期間中の自社の炭素排出量を賄う排出枠を購入しなければなりません。どの時点においても排出枠の数は決まっていますが、通常その数は毎年減っていくため、EU域内での排出量も減っていきます。

 

この制度を海運にどう適用するかについては先頃から議論が続いてきましたが、欧州議会、閣僚理事会、欧州委員会の間で合意に至った模様です。以下が主なポイントとなります。

 

  • 船籍を問わず、EU域内を航行する総トン数5,000トン以上のすべての船舶に適用
  • 2024年1月1日より開始(当初の2023年1月1日から延期)
  • 段階的に導入(対象となる排出量は2024年に40%、2025年に70%、2026年に100%とする)
  • EU域内の航海における排出量はすべて対象となる
  • EU域外から域内への航海、またはEU域内から域外への航海における排出量は50%が対象となる
  • 「船会社」(船主、船舶管理会社、または裸傭船者)が排出枠提出の責任者となる
  • 対象物質となるのは、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素
  • 前年の排出枠提出期限は4月30日(例:2024年の排出については2025年4月30日が期限となる)
  • 規則を守らなかった場合は、罰金が科されたりEU域内から追放されたりする可能性がある

 

制度にはまだ不透明な部分がいくつかあり、海運に関しては、特に2つの点について疑問が挙がっています。1点目は、2022年1月24日付の特別報告者報告にもあるように、船舶が傭船に出されていて、燃料油の購入や、本船の速力・貨物・航路に関する意思決定に関して船主が責任を負っていない場合についてです。これに関して、報告書では次のように述べています。

 

「…本指令に基づいて船会社が支払った順守費用については、当該船舶のCO2排出量を左右する決定を最終的に担う事業者が責任を持って負担するよう、その費用負担を移転するための拘束力ある条項を契約に盛り込む必要がある。」

 

こうした対策を講じようという当局の姿勢については賛同する船主も多いでしょう。しかし、当事者がEU加盟国を拠点としない場合もあり、そのような当事者の間で交わされる民間契約に上記のような条項をEU法でどう盛り込ませるのかは、これだけではまったく分かりません。傭船契約にこのような条項が入っていなかったらどうなるのでしょうか。仮にこのような条項がなくても、船主はEU法を根拠にして、EUに拠点を置く傭船者に費用を負担してもらえるのでしょうか。自分で補油をしたわけでもないのに、EU ETS排出枠費用の支払いを強いられる航海傭船者が出てくる可能性はないのでしょうか。

 

2点目は、EU域外から域内への航海やEU域内から域外への航海での排出量をどうやって判断するのか、また、運航者がEU ETSの完全適用を免れようとした場合はどうなるのか、という点です。たとえば、ある船舶がEU域内の港を出港後すぐに、域外ぎりぎりのところにある港に途中寄港した場合、その域外向け航海は、実際向かうはずだった次港までの航海より航行時間を大幅に短く判断されるかもしれません。こちらの資料でなされている想定によれば、航路を変更すると運航者にとっては余計な費用がかかることになるかもしれませんが、排出枠を逃れたことによる利益の方が大きくなる可能性があるそうです。この問題は、制度が実際に始まれば対処されるでしょうが、今の時点でさらに考察しておくべき部分です。

 

排出量取引制度と定期傭船契約 

 

ETS適用下での運航というのは、船主にとっても定期傭船者にとっても完全に初めての経験です。そのため、慣れるまでには時間がかかるでしょう。発生する問題は制度によって違うかもしれませんが、EU ETSだけでなくETS全般に当てはまると思われるポイントとしては、以下のようなものがあります。

 

まず、ETSの要件に従うために必要な実務上の手続きは、おそらく船主が担うことになります。具体的には、(i) 制度への登録、(ii) 要件を満たすために必要となる船舶の排出量データの記録・書類作成・提出、(iii) 必要な排出枠を受領・保有・提出するためのアカウントの開設、などがあります。手続きの内容によっては、第三者、たとえば船舶管理会社やブローカーなどが行えるものもあるかもしれません。

 

ETS順守費用を船主と傭船者でどのように負担し合うかは、交渉の余地が大きい事柄です。一般的に見れば、ETS費用は船舶が消費した燃料に直結するため、船主と傭船者の関係においては、燃料費を負担する側が排出枠を購入してETS費用も負担すべきと思われます。ETS排出枠の購入費用はあくまで燃料費の一部だと言えますし、実際、バンカー業者が燃料油と排出枠をセットで売ることにすれば、バンカー価格に含まれることもあるため、この考え方が理にかなっていると思われます。

 

BIMCOの新しい条項

 

ボルチック国際海運協議会(BIMCO)は、定期傭船契約用の排出量枠取引制度条項2022を作成しました。この条項では、傭船期間中にETS適用域内で船が実際に使用した排出枠については、傭船者がその分の排出枠を購入する責任を負うよう定めています。また、ETSに適合させるためのデータの共有、排出枠と傭船終了時の実際の排出量との調整、傭船者が違反した場合の船主による義務履行停止権の行使といった問題についても、対応方法が定められています。

 

世界中すべての制度に適用できるような、また、炭素だけでなく制度の対象となりうる温室効果ガスすべてに対応できるような内容になっています。

 

ほとんどの定期傭船契約において、船主は傭船者の信用リスクを抑えるためにできる限りの対策を講じています。たとえば、傭船料の前払いを求める、燃料油の手配と支払いを傭船者に行わせるといったことです。これと同様の原則をETS排出枠にも適用したいが、どうすればいいかと思う船主もいるかもしれません。ETS費用の振り込み遅延が起きないようにするには、傭船者に対して、ETS適用下で使用される燃料油に相当するだけの排出枠費用を前もって振り込むよう求めるとか、船舶が新しい燃料油を受け取った時点で排出枠を補充してもらう、といった方法が考えられるでしょう。これを実現するには、BIMCO条項の改訂が必要になります。また、定期傭船者の側から見た場合、オフハイヤー中や船主都合での離路中などの排出量はまず船主負担となるため、こうした排出分の調整・計算方法についても検討が必要になる可能性があります。

 

一方、こうした問題は航海傭船には当てはまらないかもしれません。航海傭船では、船主が補油を担うため、その燃料油から生じるETS費用も船主が負担するのが一般的だからです。そのため、船を航海傭船に出す船主は、ETS費用分として運賃や滞船料に多少上乗せする必要があるでしょう。また、船を数航海の連続航海傭船に出しており、たとえば燃料油がETS費用込みで売られている場合はバンカー価格に応じて運賃を調整する、もしくは排出枠価格の変動に応じて運賃を調整するという条項が契約にあるときは、ETS費用が関係してくる可能性があります。

 

今すべきことは

 

EUの排出量取引制度が合意に至ったことを受けて、EU域内で輸送する可能性のある船主・傭船者は、2024年の制度開始に向けて、傭船契約を整備するなど準備をしておく必要があります。まずは、BIMCOのETS条項の内容から交渉を始めるとよいでしょう。本件に関する詳細やアドバイスをお求めの場合は、FD&D担当者にご連絡ください。

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