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BIMCOの定期傭船契約用CII条項の解説 / Under the lens – BIMCO’s CII clause for time charterparties (JP)
国際海事機関(IMO)の燃費実績格付け制度(Carbon Intensity Indicator [CII])が来年から発効します。これは船舶の運航効率を評価することを目的に、IMOがGHG関連の規制として初めて施行する制度です。これによって、船主と定期傭船者の従来の責任区分が変わり、船舶の運航方法も大きく変わる可能性があります。CII制度についてまだ詳しくない方は、関連記事「CII制度に対応するうえでの課題 -「協力」こそがカギ」をご参照ください。
BIMCOの定期傭船契約用CII条項とは
ボルチック国際海運協議会(BIMCO)は2022年11月17日、CII条項を発表しました。この条項は、船舶運航に関する制度であるCII制度に、船主と定期傭船者が契約面で協力しながらうまく対応していけるようにすることを目指したものです。傭船者には配船指示を出す権利がありますが、一方でCII制度に対応するためには、船主も運航面でさまざまな調整がどうしても必要になります。CII条項は、この2つのバランスを取らなければならないため、他のBIMCO条項とはかなり毛色が異なります。
BIMCOのCII条項の主なポイント
この条項の一番の肝は、契約両当事者の協力を必要としている点です。本船がCII制度に対応できるような航海指示を傭船者が船主に出すことが非常に重要になってきます。そのために、以下のような義務が定められています。
- CII制度への本船の対応状況の確認や今後の航海の計画に役立つような記録・データを互いに共有しなければならない、そして本船のエネルギー効率向上につながるようなベストプラクティスを共有しなければならないという、誠実義務が定められています。
- 船主は本船の引き渡し時に、引き渡し時のCII実績値(Delivery Attained CII)、つまり、その年の1月1日から傭船者への引き渡し日までのCII値を傭船者に伝える義務があります。
- CII制度に対応するために、多くの船舶は減速が必要になると思われます。そのためCII条項では、傭船者に2つの義務を課すことで、減速によって生じうる問題に対処しようとしています。
- 1つ目に、傭船者は「MARPOL CII制度に沿った形で」船舶を配船・運航しなければなりません。そのためには、別の配船指示を出すなど運航に関する調整が必要になる場合もあります。
- 2つ目に、傭船者は傭船期間中のCII実績値(C/P Attained CII)をCII合意値(Agreed CII)より悪化させてはいけません。これは、仮に実績値がCII基準値(Required CII)(条項ではC格付けの中央値と定められています)より良好であったとしても認められません。
減速や航海指示を変更する際は、船舶や乗組員の安全、装置の使用上の安全を確保できるかが必ず条件になります。
- 傭船契約でもともと定められていた迅速な航海に関する保証や、本船の速度や燃料消費量に関する保証はそのまま生きています。ただし、こうした保証に船主が応じるためには、傭船者が配船指示の調整義務を履行し、この条項で定められた義務を守っていなければなりません。
- 本船のAttained CIIがAgreed CIIから乖離しつつあることがデータから分かった場合、随時、船主は傭船者にその旨をあらかじめ警告することが求められています。乖離傾向が続いており、Agreed CIIに関する義務を傭船者が守れない「合理的可能性(reasonable likelihood)」があることを船主が立証できる場合は、以下のように定められています。
- 船主は、傭船者に対して少なくとも次の航海の計画を書面で提出するよう要求でき、傭船者は要求を受けてから2営業日以内にそれを提出しなければなりません。
- 提出された計画では傭船者が義務を果たせないと船主が「合理的に示す(reasonably show)」ことができる場合、船主はその旨を傭船者に2営業日以内に伝える必要があります。その後、両当事者は、C/P Attained CIIをAgreed CIIに近づけるために、次回以降の航海について調整した配船計画について2営業日以内に合意するよう協力しなければなりません。
- 調整後の配船計画が合意に至るまでの間、船主は、傭船契約上の義務に違反することなく、減速など傭船者からすでに出されている指示に従わなくてもよいとされています。この間も本船はオンハイヤーとなります。
- 傭船者にはほかにも、船荷証券やその他の運送契約において、船主が本条項に従っても運送契約の違反にはあたらないと定めるよう保証する義務があります。さらに、本条項で船主が負うとされていた責任を超えるような責任が発生した場合、傭船者は船主にその責任を補償しなければなりません。なお現時点では、BIMCOから航海傭船契約や船荷証券用のCII条項はまだ発表されていません。
- 船主は、本船設備のメンテナンスを行ったり、航海計器のほかウェザールーティングや航海最適化ソリューションといった航海支援サービスをフル活用するなど、本船の燃費・エネルギー効率を改善するために相当の注意を尽くす義務があります。また、船舶エネルギー効率管理計画書(Ship Energy Efficiency Management Plan [SEEMP])に従って本船の日々の燃料実消費量を確認・算出し、必要なデータすべてを傭船者に提供しなければなりません。
- この条項では、CIIに関する7つの値の定義を定めています。その7つの値とは、Agreed CII、CII(MARPOLでの定義と同様)、C/P Attained CII、Delivery attained CII、予想CII実績値(Projected attained CII)、Required CII、予想CII格付け(Predicted CII rating)です。これらの値はそれぞれ対処すべき事柄が異なるため、1つ1つの定義をしっかり覚えておく必要があります。
- 船主は、傭船者が本条項に違反したために生じた損害について賠償を請求する権利が認められています。
その他のポイント
この条項はCII制度に備えた内容となっており、契約内容を交渉する際は、まずはこの条項から検討するとよいでしょう。CII制度に対応するうえでの複雑さや実務面でのさまざまな問題を考えて、この条項を契約交渉のベースとしながら、個々の契約ニーズに合わせて内容を変更していく場合もあるかもしれません。こうした交渉の際には、以下のような細かな問題についても検討した方がよいでしょう。
- 日付と期間:短期の定期傭船やトリップチャーターの場合は、この条項に頼らず、傭船者が指示できる航海速度の範囲など航海指示の内容に絞って取り決めた方が都合がよいでしょう。本船の引き渡し時期がいつになるか考えておくことも重要です。CII制度による格付けは毎年年末に行われるからです。年の後半に契約を結ぶような場合は、残りの月の航海指示について細かく取り決めた条項と、翌年の初めから適用する条項について内容を決めておいた方がよいでしょう。
- 引き渡し時のCII格付け:Agreed CIIは契約を結ぶ際に交渉しますが、傭船者は、本船が引き渡される時点だけでなく、それよりもかなり前の段階でパフォーマンスデータを要求しておいた方がよいでしょう。
- 保証:傭船契約の保証事項は将来的に見直しが必要になる場合もあります。見直す場合は、本船の引き渡し時のCII格付けも担保に含めるという選択肢もあります。また、パフォーマンスの保証についても、本船に搭載されている装置のエネルギー効率を踏まえて調整が必要になるでしょう。装置が故障して本船のエネルギー効率が低下し、航海のCII値が上がってしまう可能性があるというような場合は、こうした調整が特に重要になると思われます。
- メンテナンス予定:各航海のCII値を下げるには本船のエネルギー効率が重要になってくるため、船体やプロペラの清掃など、定期的に行う必要がある本船のメンテナンス作業の予定を取り決めておいた方がよいでしょう。
- 外部のサービス業者:ウェザールーティングや航海最適化ソリューションは、各航海のCII値を下げる効果が期待できます。そのため、このようなサービスを提供する業者との契約、業者への指示内容、費用など、業者を起用する手続きについても考えておくべきです。また、サービス業者以外に、航海の開始前と終了後に毎回燃CII実績値を算出してくれる外部の専門業者との契約をどうするかについても、傭船契約で取り決めておくとよいでしょう。
- 「CII制度に沿って指示を出す」:この条項ではこうした考え方が採用されていますが、その影響がどこまで及ぶのか不透明な場合もあります。航海のある時点までのCII値がAgreed CIIの範囲内に収まっているにもかかわらず、傭船者が営利上の目的から速度を上げるよう指示を出した場合は、CII制度の精神に背いたとみなされてしまうような場合もあるかもしれません。そのため、優先されるべき義務はどれなのか契約の中で明記しておいた方がよいでしょう。
- 配船計画の調整後の合意:この条項では合意までの期限を短く設定することで、運航に関する調整事項の意見対立を速やかに解消しようとしています。ただ、この期限で現実的に対応できるのか、両者が落とし所を見つけられなかった場合どうなるのかは不明です。落とし所を見つけられなかった場合の対処方法については、条項に特に明記されていません。
- 利益の配分:本船がCIIで高格付けを獲得したおかげで港湾当局から手当や報酬をもらえるのであれば、そのような恩恵を契約の両当事者で分配する取り決めをしておいてもよいでしょう。また傭船者は、返船時にCII格付けが昇格した場合、昇格に至った運航方法を功績として認めてもらうべきか、またその功績をどのように算出するかも検討しておくとよいでしょう。
- 傭船チェーン/輸送契約:CII条項は長期の定期傭船契約を想定した条項です。そのため、定期傭船者が本船を再傭船する場合は、再傭船先もこの条項に従わせるよう気を配らなければなりません。その場合、CII格付け制度に対応するために減速航海(もしくは超減速航海)や別ルートの航行を認める条項を航海傭船契約に明記する必要があるでしょう。船荷証券などすべての運送契約で同様の対応が必要です。
- 異なる計算方法の整合化:IMO(つまりCII条項)は、船舶や航海のCII値を確認する際には年間効率化比率(Annual Efficiency Ratio [AER])を重視します。一方、海上貨物憲章に署名している傭船者は、エネルギー効率運航指標(Energy Efficiency Operational Indicator [EEOI])という別の計算方法で各航海の炭素強度を公表しています。そのため、こうした異なる計算方法をどう整合させるのか、海上貨物憲章でもデータを使えるようにするにはどうすればいいのか検討する必要があるでしょう。
まとめ
BIMCOのCII条項の機能は、広く用いられている他のどの傭船契約条項とも異なります。この中で採用されている方針は海運業界の大半にとって新しいものでしょう。それは致し方ありません。船舶の運航/配船にこれまでになかったような規制を課すCII制度を受けて作られた条項だからです。もちろん、この条項が唯一の解決策というわけではありません。ただ、CII制度に伴う問題を定期傭船契約という観点で考える際には、まずこの条項をベースにするのが妥当といえるでしょう。また、船舶の運航/配船に関するこの新しい規制を踏まえた、業界としての新しい傭船契約書式も必要になるかもしれません。
CII制度が運航にどれほどの影響を及ぼすのか、そしてこのCII条項がニーズに応える内容であるのか、それを完全に把握できるまでにはしばらく時間がかかると思われます。GHGの排出削減は簡単なことではなく、船主と傭船者が協力し合わなければ成し遂げられません。傭船者には配船指示を出す権利がありますが、一方でCII制度に対応するためには、船主も運航面でさまざまな調整がどうしても必要になります。CII条項は、この2つのバランスを取ることを目指したものです。そのバランスが取れているかは、実際に運用してみて初めて分かるのです。