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ウクライナ戦争 - 契約上の義務への影響 / War in Ukraine - Impact on contractual obligations (Japanese HTML)
ウクライナでの戦争に伴い、GardのFDD弁護士には多くの質問が寄せられています。その内容は、ウクライナやロシアの港に停泊中、あるいは同地域に向けて航行中の所有船や運航船に関するものや、この先、ロシアの港に向かうことが契約によって避けられなくなるのではとの懸念に関するものです。
こちらは、英文記事「War in Ukraine - Impact on contractual obligations」(2022年3月7日付)の和訳です。
そこで主に応訴関連のよくある質問について以下にいくつか概要をまとめました。質問の多くは個別の状況に依存しますが、以下では、いくつかの一般的なガイダンスを記載します。ガイダンスは今後の展開に応じて補足していく予定です。ここでの回答は、傭船契約が英国法に準拠していることを前提としています。傭船契約が他の法体系に準拠したものである場合、回答が異なる可能性があります。
安全港の問題
「Eastern City」号事件での有名な非安全港の定義は航海傭船と定期傭船の両方に適用されますが、非安全港と認められた場合の結果はそれぞれ異なります。

1.傭船契約に安全港保証が含まれている場合、ウクライナの港への航行指示を拒否できますか?
- 事前に具体的な状況についてアドバイスを求めることが必要ではありますが、答えは「はい」となる可能性が高いでしょう。2月24日以降、ウクライナと国境を接する黒海北西部海域は、すべての船舶の入港が禁止されています。ウクライナはロシア黒海艦隊により、海上封鎖状態に置かれています。航行禁止水域に近づいた商船は、ロシア海軍の船からVHFで、ウクライナ海域およびその近辺での航行が禁止されていることを警告されます。ロシア海軍は「対テロ作戦」を実施しており、この水域に入る船はすべてテロリストと見なされるためです。ウクライナの港は、ほとんどの船舶にとって安全とは言えず、万が一、船舶の寄港を指示されたとしても拒否できます。
2傭船契約に安全港保証が含まれている場合、ロシアの港への航海、寄港等の指示は拒否できますか?
- ロシアの港はウクライナ人船員にとって安全でない可能性があります。Gardではウクライナ人船員数名が連行され、政治的信条について質問された事例や、ウクライナ人船員一名が船舶に戻ってきていない事例の報告を受けています。現在、事実関係が非常に不明確であることから、安全港保証に依拠することを検討している場合は注意が必要です。船主は航行指示を拒否するのではなく、ウクライナ人船員を変更する義務を負う可能性があります。
- ロシアの港は現時点ですべての船舶にとって安全でないわけではありません。状況は急速に変化する可能性があり、欧州におけるロシアの船舶や資産の差し押さえ、(ロシアが宣戦布告のようなものだと主張している)対露制裁の強化などを考慮すると、今後NATO諸国の船舶や船員にリスクが生じる可能性があります。
3傭船契約に明示的な安全港保証がない場合、黙示的に保証されている可能性はありますか?
- 可能性はありますが、かなり困難と言えます。航行可能な範囲が広く規定されている定期傭船の場合はおそらく黙示的に保証されていると考えられますが、指定港のある航海傭船や定期傭船では黙示的には保証されていないでしょう。傭船契約に黙示的な安全港保証があると推測する前にクレーム担当者にご相談ください。
4傭船契約に明示または黙示の安全港保証が含まれていない場合はどうなりますか?
- ロシアやウクライナの港への寄港を拒否できる他の条項があるかもしれません。戦争危険条項については、以下の解説をご覧ください。
5指定港が事後的に安全でなくなった場合、船主は指示の変更を要求できますか?
- はい、定期傭船の場合はできます。航海傭船の場合はできません。定期傭船の場合、傭船者は別の新たな安全港を指示する義務を負います。
- 航海傭船の場合、傭船者に別途有効な指示を求めることはできません。ただし、当事者間の合意により、傭船契約が取り消されることがほとんどです。
- 合意がない場合、船舶は、傭船が履行不能となるまで港外で待機する必要があります(下記参照)。これは現実的な解決策ではないため、交渉により、解決策を見出す必要があります。
フラストレーション(履行不能)
傭船契約でどのような場合にフラストレーションが成立している(つまり履行することが不可能になった、あるいは履行義務が傭船契約締結時の義務とは本質的に異なる義務に変質した)と言えるかはケースバイケースです。英国法ではフラストレーションを証明することは非常に難しく、フラストレーションに頼るよりも、交渉によって傭船契約を終了させる方が適切であると考えられます。また、フラストレーションの原因となった事象以前に支払われた金銭は回復不可能なため、どちらの当事者にとってもフラストレーションに頼ることが得策になることはないでしょう。なお、契約の終了時に未提供のサービスに対して既払金がある場合については、支払った当事者は回収できますが、裁判所は、発生した費用を既払金から差し引くよう命令することができます。
6ウクライナで留められている船舶の傭船契約について、フラストレーションは認められますか?
- 定期傭船契約の場合は、まだフラストレーションが成立しない可能性が高く、異常な遅延(数週間または数か月の遅延)により履行不能となるまで、傭船料は支払われ続けるでしょう。
- 航海傭船契約の場合、定期傭船契約よりはフラストレーションが認められる余地は広いと考えらますが、船主にとっては実質的な違いはありません。というのも、船主は遅延の結果としてディテンション(返却延滞料)を請求することができず、運送賃の支払いを得る最善の方法が結局は単に待つことになるためです。
7ウクライナやロシアの港に向かう船舶の傭船契約について、フラストレーションは認められますか?
- ウクライナ行きが規定されている航海傭船契約や定期傭船契約は、ウクライナに到達することが不可能なことから、フラストレーションを認められる可能性が高いでしょう。ただし、当該傭船契約に港について「または安全に到達できる範囲でその近く」という規定がある場合は、フラストレーションが認められる可能性は低いでしょう。定期傭船契約の場合、船主は傭船者に危険地域以外の港を指定するよう要求でき、傭船者はそれらを指定する義務があるため、フラストレーションは認められないでしょう。
- ロシアの港はまだ到達することが可能であり、現状では、ウクライナ人船員を乗せた船(船員の変更も可能)を除いて、危険な状態にはなっていません。航海傭船契約と定期傭船契約のどちらも今のところフラストレーションが成立する可能性はないでしょう。
8英国の港に寄港するロシア船の傭船契約について、フラストレーションは認められますか?
- 英国は、ロシアに関連する法人・個人が所有または運航する船舶の英国港への寄港を禁止しています。EUの港湾も同様の制限を課すことを提案しています。そうした状況になった場合、禁止範囲が限定的でなく、これらの船舶の英国港への航海傭船契約や定期傭船契約についてフラストレーションが成立する可能性は高いでしょう。
- 英国の港に寄港するロシア船の定期傭船契約は、現時点ではフラストレーションが成立しそうにありませんが、ロシア船の寄港禁止がロシア船の商圏内で拡大した場合は、状況が変化する可能性があります。
- 現実的な解決策は、交渉により見出す必要があります。
契約条項:戦争危険、契約解除など
戦争危険の配分に対処するために、契約条項の策定が進められてきました。 これらは当事者間で個別に交渉できるほか、BIMCOの戦争関連条項といった業界標準の条項を使用することもできます。こうした条項には様々なものがありますが、メンバーからご質問のあった一般的な条項について以下のとおり検討しました。
9英国、米国、フランス、ロシア連邦、中華人民共和国(いわゆる五大国)の国同士で戦争があった場合に契約解除を認める条項が傭船契約に含まれている場合、船主は契約を解除できますか?
- いいえ。現在、これらの二国間で戦争が起こっているわけではありませんので解除できません。
10ウクライナが上記リストに含まれている場合、船主は契約を解除できますか?
- はい。現在、ロシア連邦とウクライナの間で戦争が起きているため、契約を解除できます。
11船主は、CONWARTIME 2013条項に基づき、定期傭船者による黒海内のロシア港への航海指示を拒否できますか?
- 船主が「戦争リスク」に晒されることを根拠にウクライナの港に向かう指示を拒否できることは明らかですが、ロシアの港に関しては、それほど明確ではありません。ウクライナ人船員が乗船している場合、その船舶は同条項で定義される戦争危険に晒される可能性がありますが、これは、その時点ごとに指定されていた寄港地に関して決定されるべき事実問題になります。さらに、この条項は、安全が懸念される場合、船主が別の港に寄港して船員を交代させる権利を明示的に付与しています。
12黒海のロシア港への寄港に関して大幅に増加した戦争保険の追加保険料(AWRP)を支払う義務は誰にあるのですか?
- その寄港が、CONWARTIME 2013で定義された戦争危険地域を通過することを含むと見なされ、この条項が傭船契約に含まれている場合、傭船者がAWRPを負担することになります。VOYWAR 2013条項についても同様です。
遅延
現在、ウクライナで船舶が立ち往生しています。目下のところ、ロシアで船舶が拘留されているわけではありませんが、黒海内のロシアの港に入り、貨物を積載し、その後出港できなくなる可能性があります。誰が、何について、責任を負うことになるのでしょうか。
13船舶が定期傭船である場合、拘留されている間もオンハイヤーのままですか?
- はい、オンハイヤーのままです。ただし、傭船契約に別段の定めがある場合を除きます。船舶は傭船者に使用され、完全に稼働できる状態です(傭船契約の不可抗力条項に依存します)。
14本船が航海傭船である場合、船主は航海の遂行に対する時間的損失や遅延を請求できますか?
- 荷役作業中は、個別のレイタイムまたはデマレージの例外条項が発動されない限り、レイタイムとデマレージは通常どおり実行されます。荷役作業が完了し、船舶の書類が返却されると、船主は傭船者に対してのみ、ディテンション(返却延滞料)として、遅延についての請求ができるようになります。しかし、これを請求するには、傭船者が傭船契約に違反していることが必要になります。ただし、遅延が両当事者の過失でない場合、傭船者の違反はないと考えられるでしょう。
15荷役作業が遅延した場合、ASBATANKVOYの例外条項により、レイタイムやデマレージの計算は中断されますか?
- いいえ。一般的な例外条項で具体的に規定されていない限り、ASBATANKVOYの例外条項はレイタイムやデマレージの計算に適用されません。
不可抗力(フォース・マジュール)
英国法には、コモンローの「フォース・マジュール(不可抗力)」という概念はなく、不可抗力条項の適用と効果は、完全に契約上の個別の規定に従うことになるため、文言を正確に理解し、それに厳格に従うようにしなければなりません。契約に明示がない場合、いずれの当事者もフォース・マジュールに依拠する権利を持たず、(前述の理由からうまく主張するのが難しいことで有名な)英国法のフラストレーションの原則に頼らざるを得なくなります。
16傭船契約に不可抗力条項が規定されている場合、船主と傭船者は義務から解放されますか?
- 要件や効果は契約上の個別の文言により異なるため、慎重に検討する必要があります。最近発表されたBIMCO不可抗力条項2022は、不可抗力条項の好例の一つです。この条項は、様々な契約で使用できるように作られており、定期傭船契約でも航海傭船契約でも使用できますが、後者での使用がより一般的と考えられます。この条項では不可抗力事由として、「現実の、差し迫った、または報告された戦争、戦争行為」および「準戦争行為」が定義されています。したがって、ウクライナでの事象は、不可抗力条項の適用を発動する事由に該当すると考えられます。なお、不可抗力に依拠する当事者から通知を行うなど、いつものように正式な手続きを踏む必要があります。不可抗力条項は、支払い義務を免責するものではありません。つまり、傭船料は引き続き支払う義務があり、レイタイムやデマレージは当該不可抗力条項の規定に従い、継続されます。さらに、当事者が不可抗力条項に契約を終了できる規定を設けており、かつ、貨物を積載していない場合、当事者は不可抗力条項に基づき、傭船契約を終了させることができるでしょう。
- 一般論として、ウクライナの港で貨物が積み込まれるのを待っている船舶は、不可抗力事由に遭遇している可能性が高く、不可抗力条項があれば、互いの権利と義務を大幅に変更することが可能です。不可抗力条項が発動される可能性があると思われる場合は、通常のFD&D弁護士からアドバイスを得られることをお勧めします。
貨物の問題
貨物の損傷や引き渡しの遅延、引き渡しが不可能になった場合に、船荷証券に基づき、貨物所有者から賠償請求される可能性についても懸念の声が上がっています。船主の潜在的な責任は、傭船契約が船荷証券に組み込まれているかどうか、またその条件によって異なりますが、一般的には、ヘーグ・ルールまたはヘーグ・ヴィスビー・ルールが組み込まれることになるでしょう。
17航海の遅延およびそれに伴う目的地への貨物の到着遅延の結果、貨物に生じた損害について、船主は発行された船荷証券に基づき責任を負う可能性がありますか?
- 船荷証券にヘーグ・ルールまたはヘーグ・ヴィスビー・ルールが盛り込まれていることを前提とすると、船主はおそらく同ルールの第4条第2項に規定されている一つまたは複数の抗弁に頼ることができるでしょう。例えば、(e)戦争、(q)運送人の故意または過失によらない原因です。
- 多くの標準的な船荷証券では、荷揚げ港を「または安全に到達できる範囲でその近く」という保護的な文言で規定しており、契約上の荷揚港がもはや安全ではない場合、船主に代替の荷揚港で貨物を荷揚げする権利を与えています。船主がこの権利を行使する場合、代替港での荷揚げは船荷証券契約の違反とはならず、遅延や不着に対するあらゆるクレームの抗弁としてこの文言に依拠することができるはずです。船主は、荷揚げ時の貨物の状態を把握するために揚荷調査を実施し、その後の貨物の損傷に備える必要があります。
保険カバー
ウクライナで起こっている事態は、メンバー向けのあらゆる保険カバーに関係しています。保険カバーに関するご質問は、クレーム担当者にお問い合わせください。この記事では主にFD&Dに関する問題を扱っているため、主としてFD&D保険に関連する問題を取り上げています。
18ウクライナでの戦争に起因してメンバーが契約相手に賠償請求を行う可能性がある場合、その請求のための法的費用はFD&D保険でカバーされますか?
- GardのFD&D担当者がクレームに関するアドバイスを行い、解決策を見出すためにできる限りお手伝いいたします。賠償請求が必要な場合は、通常のルールに則り、FD&Dが提供されます。
サンクション(制裁)
制裁リストは増え続けています。本稿では、刻々と変化する米国、英国、EUの制裁の詳細については言及しません。ここではメンバーの皆様へのガイダンスとして、弁護士に最も多く寄せられる質問を取り上げます。
19傭船契約の規定で具体的に要求していない場合でも、船主は、航海の受諾や貨物の積み込み前に、貨物、荷主、荷受人に関するデューディリジェンス情報を提供するように傭船者に要求できますか?
- 明示的な条項がない場合、船主が傭船者にデューディリジェンス情報の提供を要求できる直接的な暗黙の条件はありません。
- 合法的な商品、取引範囲、含まれる貨物、含まれない貨物を扱う条件には具体的な文言が含まれる場合がありますが、これらは非常に特殊であり、多くの場合、運搬される一つまたは複数の特定の貨物に限定されます。
- 傭船契約に制裁条項がある場合、制裁条項が機能するように傭船者はデューディリジェンスを実施するための情報を提供する必要がある、というもっともな主張はなされているものの、これは確実ではありません。
- 傭船契約に戦争危険条項がある場合は、戦争危険カバーを得るために必要であればデューディリジェンス情報を要求することは可能かもしれません。ただし、これも確実ではなく、条項の文言に大きく依存します。
- これらの問題はいまだ判例法で検討されたことがなく、この点について一般的な回答を出すことは困難です。
- この種の問題に対処する最善の方法は、傭船者に船主または船主の保険引受人から要求された合理的なデューディリジェンス情報を提供するように義務付ける強力な制裁条項を設けることです。
- この問題が発生した場合は、FD&Dクレーム担当者にご連絡ください。
20傭船者が適用される制裁措置に違反しないことを保証する場合、船主は十分に保護されますか?
- いいえ。制裁に関する法律は、取引の各当事者がそれぞれデューディリジェンスを行うことを義務付けており、制裁違反が発生した場合、傭船者の保証に依拠していたと主張しても受容されないでしょう。
- 当事者は、デューディリジェンス情報の提供を義務付ける強力な制裁条項を挿入することにより、傭船契約の交渉段階で制裁リスクの増大に対処する必要があり、これは傭船契約の連鎖の下でも重複して行う必要があります。
21制裁に対する合理的ではあるが十分な根拠のない懸念から、船主が傭船契約の履行を拒否した場合、船主は傭船者に責任を負いますか?
- はい。おそらく負うことになります。そのような状況では、船主が合理的な判断で制裁を受ける可能性のある指示を拒否できるとする制裁条項が傭船契約に含まれない場合、船主による契約のrepudiatory breach(履行拒絶)に当たる可能性が高いでしょう。船主がこの条項に依拠するには、その根拠となる信頼できる市場情報を提示できることが必要です。
22制裁リスクが原因で港が非安全港になることはありますか?
- おそらくないでしょう。少なくともこれまでのところ、制裁は国家ではなく個人と団体に対して課されています。港で特定の団体と取引を行うことで生じるブラックリスクへの掲載リスクやその他の商業的影響は、その港を非安全港とするのに十分ではありません。もちろん、この点については今後、港やその他の地域に影響を及ぼす制裁やブラックリストへの掲載が生じた場合に備え、常に検討しておく必要があります。この種の問題の影響を受ける場合についてもFD&Dクレーム担当者にご連絡ください。