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麻薬密輸リスクの高まりにさらされる運航者 / Ship operators at increased risk of drug smuggling (Japanese HTML)
商船は、積極的に麻薬密輸に関与していなくとも、船上で麻薬が発見された場合は罰金を科されるなど、様々な損失を被る可能性があります。密輸に起因する過怠金について、2021年の保険契約年度開始時にP&I保険規定が改訂されました。メンバーの皆様におかれましては、過怠金に関する改訂内容、麻薬密輸に巻き込まれるリスクが高まっていること、運航時における麻薬密輸防止策や船上で麻薬が発見された場合の対処法についてご留意いただくことをおすすめします。
こちらは、英文記事「Ship operators at increased risk of drug smuggling」(2021年5月4日付)の和訳です。
麻薬の生産地と輸送先
UNODC(国連薬物犯罪事務所)の「World Drug Report 2020(2020年世界薬物報告書)」によると、2019年までの5年間で違法薬物の使用が増加しています。違法薬物の使用は先進国で広く見られますが、発展途上国でも急速に拡大しています。UNODCの報告書は、世界の薬物押収データを軸に、密輸ルートを始めとする密輸動向を分析しています。同報告書によると、コカインの原料となるコカ葉を最も多く栽培している国は依然としてコロンビアで、世界のコカ葉栽培面積の約70%を占めています。次いで、ペルー、ボリビアが主な栽培国となっています。アフガニスタンは、世界のアヘン生産量の大部分を占めています。アヘンはヘロインとモルヒネの原料として使用されています。
同報告書の2018年押収データによると、押収量が最も多かった薬物は大麻で、次にコカイン、アヘンとなっています。限られた国に栽培・生産が集中する他の植物由来の薬物と異なり、大麻草は世界中のほぼすべての国で生産されています。各地域で生産される大麻草は、大部分がその生産地内で消費されます。そのため、大麻取引は主に生産地域内で完結し、海路や空路ではなく、陸路が中心となっています。本稿では、コカインと、アヘンの派生物であるヘロインとモルヒネの海上輸送ルートについて説明します。
麻薬押収量1位は大麻で、次いでコカイン、アヘンとなっています。
出典 UNODC『 2020 World Drug Report(2020年世界薬物報告書)』
コカインの海上輸送ルート
UNODCの押収データによると、欧州の麻薬市場で入手できるコカインの大半は、主にアントワープ、ロッテルダム、ハンブルグ、バレンシアなどの主要コンテナ港に入港する海上コンテナ輸送で欧州に密輸されています。UNODCは2020年報告書の中で、COVID-19対策による欧州への航空輸送量の減少が、南米から欧州への海路によるコカインの直接輸送の増加につながる可能性が高いことを指摘しています。コカインは主にメキシコ経由で北米に輸送されます。
コカインの密輸ルート 2014~2018年
出典 UNODC『 2020 World Drug Report(2020年世界薬物報告書)』
ヘロインとモルヒネの海上輸送ルート
UNODCによると、2018年に西欧・中欧で押収されたヘロイン・モルヒネの合算量が最多となった国はベルギーで、次いでフランス、イタリア、英国、オランダとなりました。中欧へのヘロイン・モルヒネの密輸ルートはバルカン半島沿いの陸路が主に使用されますが、2018年におけるベルギーへの密輸の大部分は、イランやトルコ発の海上輸送の形式で行われました。同様に、2018年のイタリアへの密輸は海上輸送が大半を占め、2018年の押収量の多くはイランからのコンテナ輸送によるものでした。次いで多かったのは航空輸送で、多くは中東(カタール)やアフリカ(南アフリカ)発の航空便によるものでした。一方、フランスへのヘロイン輸送の多くはオランダとベルギーを経由するものが多数を占めました。UNODCによると、パンデミック中は、航空便の大幅な減少とEU域内の国境強化の結果、船による輸送が増加したと考えられるとのことです。
ヘロインの密輸ルート 2014~2018年
出典 『 2020 World Drug Report(2020年世界薬物報告書)』
商船内の麻薬の隠し場所
麻薬を入れた容器は、コンテナ内の貨物の中や、コンテナ内の設備空間、壁面や床下に隠すことが可能です。リーファー(冷凍・冷蔵)コンテナ内では、冷凍装置内に麻薬を隠せる場所があります。船会社やターミナルの従業員が不正を働き、麻薬を放置していくことがあるほか、港湾局員やステベに扮した麻薬密輸業者が、複製した公印でコンテナにチェック済みの印を押していた事例も報告されています。コンテナは、封印され、積み込み作業に回されると、乗組員は中身を検査できなくなります。
麻薬密輸業者は、ばら積み貨物内に麻薬を隠すこともあります。2019年にはマレーシア当局により、石炭のばら積み貨物内に隠されたコカイン12トンが押収されています。砂糖のばら積み貨物を輸送していたあるGardのあるメンバーは、荷揚げ時にホッパー内に絡まったコカイン入りの袋を発見しました。
密輸業者は船体に箱を取り付けるなど船舶の外部構造を利用したり、ダイバーを使い、ラダートランクに防水袋に入れた麻薬を隠したりすることもあります。また、船内のボイドスペースを隠し場所として利用することがあります。密輸業者の手口はますます巧妙化しており、パイナップルの芯に麻薬が隠されていた事例もあります。
麻薬密輸事件多発地域と防止策
Gardの最近のデータを見ると、コカインの密輸リスクが高い地域は、コロンビア、エクアドル、ペルー、メキシコ、ブラジル(特にサントス港)、ベネズエラとなっています。このデータは、UNODCの2020年報告書に記載されている押収データと一致しています。UNODCの報告書では、制裁の影響でベネズエラからの麻薬密輸が減少していると考えられることやブラジルで麻薬密輸 が増加していることが指摘されています。トルコ、アルジェリア、エジプト、レバノンでは、ヘロインや、精神刺激薬として密輸量が増加しているカプタゴンの密輸事件が多発しています。
ISPSコードでは、港湾における安全とセキュリティの確保は、港湾当局、船会社、船員の責任とされています。これには、権限のない者が港の施設に立ち入ったり、船舶に乗り込んだりすることを防ぐこと、適切な保安計画を実施することのほか、全職員に訓練を実施し、潜在的なセキュリティ上の脅威を認識させ、それらを発見・軽減する方法を周知させることが含まれています。とは言え、麻薬密輸リスクが高い港に寄港する際は、船舶運航者と船長は、特に注意を払い、以下を実行するようにしてください。
- 本船の現地代理店から港の最新情報を入手し、寄港前に航海特有の脅威とリスクの評価を実施する。
- 船舶の保安計画を見直し、適切な予防対策を導入し、乗組員に説明する。船長と乗組員は、入港中、船舶への立ち入りを制限し、船舶に隣接する周辺地域を監視するために、可能な限り以下のような予防措置を講じるようにしてください。
- 船舶の入口を一カ所に限定し、必要な者だけが乗船できるようにする。
- 外部の人間が乗船する場合は、乗船前に適切な詳細情報と書類を記録し、乗船する正当な理由について疑いがある場合は、船長あるいは一等航海士に報告する。
- 荷物はすべて登録を済ませてから、船内への持ち込みを許可する。
- 船上でステベや修理技師が作業している場所には監視員を常時配置する。
- 本船のCCTVシステムを監視し、確認用にデータを保存する。
- 船内への立ち入りが可能な全エリアと周辺の海を船舶の照明で照らす。
- 船舶付近で小型ボートやダイバーなどによる不審な活動が行われていないか、適切な監視を維持する。
- 乗組員の上陸が許可された場合は、「新しい友人」から荷物を運んで欲しいと依頼されても断るよう指導しておく。
- 貨物の荷役が完了したら、船舶の徹底捜索を実施する。本船上に麻薬が運ばれた疑いがある場合は、出航前に包括的な船舶の検査(水線下の船体検査を含む)を要請する。
- 警備員、麻薬犬、水中での船体検査などの起用は、Gardの現地コレスポンデントに問い合わせる。コレスポンデントを通じて起用することで、承認や認定を受けていない業者を利用してしまうような事態を回避できる。
- 麻薬密輸の試みやその疑いに気付いた場合は、現地当局、船舶代理店、P&Iコレスポンデントに報告する。本船上で麻薬が発見された場合は、麻薬に触らない。麻薬が発見された船内の区画を写真やビデオに残し、無断で人が立ち入らないようにその区画を封鎖する。
また、高リスク地域を航行する船舶運航者と船長は、IMO(国際海事機関)の「IMO Revised Guidelines for the Prevention and Suppression of the Smuggling of Drugs, Psychotropic Substances and Precursor Chemicals on Ships Engaged in International Maritime Traffic(国際海上交通に従事する船舶における麻薬、向精神薬、前駆物質の密輸の防止・抑制に関するIMO改訂ガイドライン)」(決議MSC.228(82)および決議FAL.9(34))を十分に理解し、船内の手順がそれに則したものになるようにしてください。
船上で麻薬が発見された場合
これまでは、麻薬が船上で発見されたり、船舶に取り付けられていたりするケースはあまり多くはありませんでした。しかし、そうしたことが起きた場合、船主と船員の双方が極めて大きな影響を受ける可能性があります。当局による捜査に時間を取られ、船舶の運航に遅延を来すことはほぼ確実となります。船員は徹底的に尋問されて、陸上で拘束される場合もあります。当局が麻薬密輸の関与者はいないと納得するまで、解放されることはないでしょう。共謀が疑われた場合、船員は陸上の留置場に拘留され、後日起訴されることもあります。管轄地域と事件の具体的内容に応じて、多額の罰金が科されたり、船が没収されたりするおそれもあります(その両方もあります)。
当局からこのような捜査を受けた場合、管轄地域に関係なく、労力や時間を惜しまずに、全面的に協力することを推奨します。Gardでは、通常、コレスポンデント、弁護士、必要とみなされる場合には専門家の選任による支援を行います。
捜査中、船の運航は遅延・中断されることになります。積荷を積み、輸送契約あるいは傭船契約のいずれかに基づいて運航している場合、船主は契約上の義務を負っています。運航が遅延し、場合によっては長期間に及ぶこともあります。積荷を荷揚げし、陸上に保管しなければならなくなるかもしれません。特に積荷が生鮮品であれば、積荷の利害関係者の不安は高まります。たとえ起訴されずに船が解放されたとしても、船主には契約違反に伴う追加費用とクレームが請求される可能性があります。
P&I保険のカバー
P&I保険は、「加入船が、組合員の同意または認識のもとに、不法な目的の遂行のために使用されたとき」は適用されません(Gardルール25.2.j項)。「同意」とは、組合員が不法な目的で船舶が使用されることを承認したことを意味し、「認識」とは、組合員が不法な目的で船舶が使用されていることを知っていた、または合理的に認識すべきであったにもかかわらず、そうした状況を正すための行動を直ちに起こさなかったことを意味します。したがって、乗組員が麻薬の密輸目的で船舶を使用している事実をメンバーが認識していたにもかかわらず、それを阻止するための行動を怠った場合、保険は適用されません。Gardルール第25条の解説(Guidance)を参照ください。
そのような同意または認識がない場合は、P&I保険は、船内または船上で薬物が発見された結果として生じる、密輸自体に対する過怠金と罰則以外の責任、損失、費用、経費については維持されます。例えば、捜査中の船舶の遅延や生鮮品貨物の劣化に起因する貨物クレームなどがこれに該当します。
2021年2月20日(2021年保険年度)付で、国際P&Iグループの全加盟クラブが過怠金に関する規定を改訂しました。改訂後のGardルール第47条は過怠金について以下のとおり規定しています。

したがって、「物品の密輸入」に係る過怠金は、正当な権利としててん補されません。なお、違法薬物は、ここでは「物品」とみなされます。ただし、P&I保険では、ルール第47条第2項で、Gardの
理事会の裁量によるてん補を申請できることが規定されおり、同項の文言に変更はありません。組合の裁量によるてん補を受けるには、組合員は、船内に薬物が置かれないように組合にとって合理的と考えられる措置を講じたことを証明する必要があります。
このような裁量によるてん補は、権利としてではなく、むしろ相互性の原則に合致するものと考えられます。裁量によるてん補は、麻薬密輸防止策の採用に真摯に取り組んでいることを証明できる船主に有利に働く可能性が高くなります。これには、船舶が寄港する特定の港のリスクレベルに適した防止策が取られているかどうか、政府機関や政府間機関、業界団体から入手できるガイダンスに従っているかどうかが含まれます。例えば、ガイダンスには次のものがあります。「IMO Revised Guidelines For The Prevention And Suppression Of The Smuggling Of Drugs (薬物の密輸防止と抑制のためのIMO改訂版ガイダンス)(IMO決議MSC.228(82))」、ICS(国際海運会議所)のガイダンス「Drug Trafficking and Drug Abuse on Board Ship(船上での薬物取引と薬物乱用)」。