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現在ウクライナで起こっている危機、そしてこの危機がGardとメンバーにもたらしている影響について、Senior LawyerWan Jing Tanが、Chief Risk OfficerTorunn Biller Whiteに話を聞きました。Whiteは、船員の健康に与えている深刻な影響や世界の商品市場への影響、制裁による経済への余波など、海運業界が直面している数々の問題に触れながらも、私たちの思いは今回の危機の影響を一番に受けている人々と共にあると、改めて強調しています。

こちらは、英文記事「Crisis in Ukraine – an interview with Torunn Biller White2022421日付の和訳です.

 

Q: Gardは、海事関連の複数種目を扱う保険会社として世界中の船主・傭船者の保険を数多く引き受けています。WhiteさんはChief Risk Officerならではの視点を持っており、今回のウクライナ危機によってGardとメンバーがどのような影響を受けているのか、その全体像を語るのにふさわしい方だと思います。本題に入る前に、これまでの状況についての思いを聞かせてもらえますか?

 

224日、「まさか」と思った人がほとんどだったのではないでしょうか。もちろん危険な兆候はそこかしこにありました。地政学的緊張の高まりや好戦的な物言いはもとより、信頼できる情報筋からもいつ侵攻してもおかしくないと言われていましたから。でも、本当に起きるとも多くの人が思っていませんでした。まさかここまでするなんて、と。ヨーロッパで戦争が起きる。そんな考えは現実離れしているとしか思えなかったのです。

 

でも、それが現に起こり50日以上が経った今、ウクライナの領土の大部分が攻撃で破壊され、死者は数千人、国外避難者は数百万人にのぼり、人道危機も発生しています。また、戦争や紛争にありがちですが、今回の侵攻でも、貿易、海運業界、世界経済にさまざまな影響が及んでいます。

 

Q: 確かに、224日の侵攻開始以来、世界経済は大きく混乱しています。現在発生しているさまざまな問題や状況のなかで、今回の侵攻と特に関わりが深いと思われるものは何でしょうか?

 

今回の戦争をきっかけに地政学的反応が高まっています。EUは強い決意のもと、概ね団結した声明を出していますし、NATOもロシアとの国境沿いに軍の配備を進めています。外交活動や対話はほとんど止まったままです。

 

また、世界貿易にも甚大な影響をもたらし、食料供給体制が大きく揺らいでいます。ロシアとウクライナは世界有数の農業生産国だからです。特に生産量が多いのが小麦、トウモロコシ、ひまわり油です。例えば、世界の小麦輸出量の約30%はウクライナとロシア産ですし、エジプト、トルコ、バングラデシュ、イランをはじめとするおよそ50か国では、穀物の半分以上をロシアとウクライナからの輸入に頼っています。また、ロシアとベラルーシ両国からの肥料輸出も世界で大きな割合を占めているなど、その生産量は膨大です。そのため、今回の侵攻で農産物の価格が高騰しており、専門家は世界的な「食料危機」が起こるおそれがあると警鐘を鳴らしています。供給が混乱し、価格が上がれば、世界の食料市場はさらにダメージを受け、社会の安定が脅かされることにもなりかねません。

 

また、食料だけでなくエネルギー価格も上昇しています。ロシアは石油と天然ガスの主要輸出国でもあるからです。EUは、石油の約30%、天然ガスの40%、石炭の45%をロシアから輸入していることもあり、特にヨーロッパにとってこれは頭が痛い問題です。EUは現在、米国の支援を受けながら、ロシア産エネルギーへの依存度を減らそうとできる限りの取り組みを進めています。米国はロシア産の石油、LNG、石炭の輸入を既に全面禁止しており、EU2030年までに天然ガスをはじめとするロシア産エネルギーの利用をゼロにすると宣言しています。

 

世界情勢で忘れてはならないのはインフレです。今回の戦争が始まるずっと前から既にインフレ率は上昇していましたが、戦争前から価格引き上げを招いていた多くの要因がさらに悪化してきており、まさに最悪の状況だと言えます。しかも、これがすべてコロナ禍というもう一つの危機と重なっていることも忘れてはいけません。サプライチェーンは既に疲弊しきっており、各国政府はコロナ禍からの景気回復に大量の資金を投じてしまっているため、そのうえ戦争による影響にまで対処する財政的な余裕はありません。今回の戦争は、まさに「泣きっ面に蜂」です。危機から立ち直ろうとしていた矢先に、また別の危機にあっという間に引きずり込まれてしまったのです。

 

Q: まさに大打撃です。コロナとの付き合い方を学んでさあこれからというときに、また思いもかけない問題が降りかかってきたのですからね。世界の肥料、穀物、エネルギー市場に突如動揺が走り、そこにインフレ率の上昇も相まって、海運業界も影響を受けています。これまでどのような問題や影響が発生していますか?

 

まず、当該地域や黒海、アゾフ海で運航している船舶や企業にかなり直接的な影響が生じています。船は身動きが取れなくなり、船員は板挟みになり、怪我人や死者も出ています。

 

現在、ウクライナで身動きが取れなくなっている船舶は200隻以上を数えます。そのうち80隻ほどが外国籍船です。マリウポリやミコライウ周辺での戦闘の真っ只中にいる船もおり、マリウポリ沖では貨物船が1隻、ロシア軍の砲弾を受けて沈んでしまったとの報道もあります。船員は多くが退避できていますが、今も身動きが取れず戦火から逃げられないままの人たちもいます。退避のための海事回廊の設置はほとんど進んでいない状況です。

 

船員供給全般への影響も広がっています。世界で働く船員の15%はロシア人とウクライナ人であるため、今回の戦争によって船員労働力の確保に直接的な影響が出ているのです。しかも、この船員たちは高度な訓練を受けており、多くが専門性を備えているため、替えの人材はすぐには見つかりません。

 

船員に直接の影響を与える問題も複数発生しています。ウクライナ人船員の本国送還は、帰国すれば多くの人が戦争への参加を求められるでしょうから、当然簡単にできることではありません。帰国を積極的に望む人がいる一方、帰ったときのリスクを考えて契約延長を希望する人もいます。こうした状況を踏まえ、国際P&Iグループは、契約変更を希望する船主と船員を支援するために、契約変更の覚書を起草しました。

 

また、制裁強化により、ウクライナ人船員とロシア人船員への給与の支払も難しくなっています。制裁はクレームへの支払にも適用されるため、Gardは制裁の追加状況を注視しています。

 

港でロシア当局者による「船員への聞き込み」も行われているようです。さらに、ロシア人船員とウクライナ人船員が同乗している船では、戦争によって船内での緊張や対立が鮮明になる難しい状況も報告されています。これはすぐに解決できるような問題ではありません。

 

こういった問題もすべて泣きっ面に蜂と言えます。既に世界中の船員はコロナ禍の影響に苦しみ、多くが当初の契約期間を大幅に過ぎても下船できず、移動制限によって帰国できていない状況が続いていたからです。

 

Q: 船員、特にウクライナ人船員が直面している問題や困難を詳しく教えてくださりありがとうございます。戦争の矢面に立つのはいつも普通の人々です。さらに範囲を広げて考えてみた場合、今回の戦争が原因で発生しているクレームや間接的な影響は、他にどんなものがありますか?

 

先ほど挙げた問題のいくつかは、世界全体においても海事という側面においても重大なリスクであり、海上保険にももちろん影響を及ぼしています。例えば、船員への重圧が高まっていますが、これは安全性の問題や事故リスクの増加につながるおそれがあります。疲労やストレス、精神的な苦痛は、業務上のパフォーマンスや安全に直接影響することが分かっています。コロナ禍の影響が長引いていることや、船員が重圧にさらされ続けていることを考えると、これは確かに心配な点です。

 

また、ウクライナで船舶が身動きが取れなくなっている、ウクライナ向けの貨物について揚地で数量不足が起きている、制裁や船員配乗などの問題によってロシア向けの貨物輸送が遅延・中断している、といったことを理由に、貨物に関する問題や保険面での影響も出てきています。

 

さらに、商品価格の上昇により、クレーム費用の増加も予想されます。例えば、鋼材価格の上昇は修理費用に当然そのままはね返ってきます。

 

これに加え、石油、ガス、鋼材価格も上昇しています。これらはどれも海運業界に不可欠な資源です。燃料価格の上昇にサプライチェーンの混乱、船員にのしかかる大きな重圧。こうしたことを考えると、状況は全体的に非常に厳しいです。

 

Q: ありがとうございます。業界は今厳しい状況に直面しているとのことですが、Gardにはどのような影響が生じているのか教えてもらえますか?今話したような新たな問題にどう対応しているのでしょうか?

 

まず、Gardはウクライナとロシアで直接事業を行っているわけではありませんので、戦争が始まった時点では対ロシア企業へのリスクはかなり限定的でした。そういう意味で、事業運営という観点からすれば、かなり扱いやすいリスク状況でした。ただ、他のP&Iクラブと同じく、すぐにメンバーの皆さまから、この地域に今いる船舶や船員への対応をどうすればいいのか、どこまでが保険対象になるのか、戦争保険が適用されるのか、などの問い合わせが殺到するようになりました。

 

こうした状況への対応ですが、最も喫緊のリスク、つまり、海上保険の観点から見て深刻な影響が生じそうなリスクは制裁関連のリスクですので、まずは社内で制裁対策チームを速やかに立ち上げ、該当する制裁関連規則に則った事業運営を行えるようにしました。そして侵攻開始から30時間以内に、リスクマップや予想シナリオなど、Gardのリスクエクスポージャーと今後考えられる事態について評価書を作成しました。最初の1週間はグループの上層部で毎日情報を更新し、それ以降も、社内全体のほか、メンバーや監督当局向けに定期的に情報更新を続けています。現地で運航中の船舶に適切な助言や指示を出せるように、細心の注意を払って状況を観察し、船舶の動静も追っています。

 

Q: 確かに、制裁については誰もが今非常に気になっていることだと思います。制裁にきちんと対応していくのは簡単ではありません。Gardは保険会社として世界各国のさまざまな規制に従わなければなりませんが、制裁体制の強化にどう対応していますか?

 

制裁の強化・変更は急速に進んでおり、目まぐるしく変わる流動的な状況に対応していかなければならない状態が続いています。制裁は大きく3つに分けることができます。

 

  • 地理的制裁
  • 部門別制裁
  • 個人・企業制裁

 

今回の侵攻を受けて、米国、EU、英国は現在この3つの制裁すべてをロシアに科しています。

 

英国は既にロシア船の国内入港を禁止しています。米国も海事部門への制裁に言及していますが、具体的にどのような内容かは現時点でははっきりしていません。

 

シンガポールも、ロシアに対して異例とも言える一方的な制裁を科しています。具体的な制裁内容は、ロシア銀行との取引停止、ドネツクとルガンスク両州における一部分野への銀行・保険・金融サービス提供の制限、軍事転用可能な民生品のロシアへの輸出禁止です。

 

制裁体制は大規模かつ複雑ではありますが、制裁破りの兆候はほとんど見られません。それどころか、さらに自主制裁を科すという逆の動きがかなり見られます。ロシアから撤退しないと企業評価にも大きく影響してくるからです。

 

こうしたことを踏まえて今の厳しい状況を海上保険の観点から見てみると、やはり懸念されるのは長期的に起こりうる影響です。

 

Gardでは、ウクライナ情勢と現地における海運への影響を引き続き注視しており、ウクライナ、ロシア両国のコレスポンデントやその他のサービス提供者を通じて最新情報を入手しています。私たちは、メンバーの支援と、船員・船主が現在直面している問題の軽減を常に重点に置いており、それをウェブサイトでの情報提供やメンバーとの対話、保険によるカバーといった形で実行しています。

 

Q: ロシアに対する制裁や国際的な対応を見ていると、今後はそれがより一層包括的になってくると思われます。対ロシア制裁は既に効果を発揮し始めていますが、メンバーにとってこれは何を意味するのでしょうか?また、メンバーがこうしたさまざまな制裁に対応していくためにGardは何をすればよいのでしょうか?

 

Gardメンバーにとっては、貿易制限や輸出規制措置に違反しているということにならないよう、ロシアやロシア関係者が絡む航海については最大級の警戒が必要になります。

 

加えて、ロシアの金融部門を対象とした制裁により、ロシア関連の支払や銀行保証状の発行は非常に難しくなっています。大半の銀行が厳しいコンプライアンスポリシーを設けており、制裁の対象になりそうな取引への関与や保証状の発行に関してリスク選好度が低下しています。また、銀行業では複数の自主制裁も科していると見られ、一部の銀行では制裁対象外の企業への支払いも拒否しています。

 

おっしゃるとおり、追加制裁はまだまだ続きます。既に触れましたが、EU加盟国は今週、ロシアの4銀行との取引停止や交通網の遮断などを盛り込んだ制裁パッケージの一環として提案されている、ロシア産石炭の輸入禁止について協議を開始しました。また、ロシア船のEU諸港への入港禁止や、ロシアとベラルーシの陸上輸送事業者によるEU域内への輸送禁止についても提案が出されています。

 

一方のロシアもこれに対抗して、米国やEUなど複数の国へ200以上の品目を輸出禁止にする措置を取っています。

 

メンバーが取引の際に契約チェーンをきちんと統括する必要があるように、Gardも保険会社として、自社のポートフォリオをきちんと統括し、該当する制裁規則をすべて守る必要があります。

 

Q: 最後にお伺いします。Chief Risks Officerは、現在起きているリスク、そして迫りつつあるリスクの両方について、その起こりうる結果を比較検討したうえで評価しなければならないと思います。先ほど話していましたが、今はエネルギーと食料の安全保障が大きな懸念となっており、当然ながら世界の国々も解決策を模索している最中です。

 

COP 26の後、国や海運業界から脱炭素化目標がいくつか掲げられました。エネルギー安全保障に関しては、今回の危機によって生じた不透明感を背景に、今後、再生可能エネルギーへの転換が加速すると思われますか?

 

ヨーロッパは今回のウクライナ侵攻を受けて、エネルギー安全保障を構築しようとしています。今回の危機が再生可能エネルギーの普及を後押しするのか。それとも、エネルギー価格が急騰した結果、石炭火力発電所がフル稼働し、廃炉発電所も再稼働するなど、後退のきっかけになるのか。

 

現時点では、短期的ではありますが、世界的な脱炭素化目標に反して後者のシナリオの方が現実味が強そうです。

 

エネルギー源をロシア産ガスから切り替えるのは非常に難題でコストもかかります。太陽光、風力、原子力などの再生可能エネルギーの普及を加速させるにしても、それが十分な効果を発揮するまでには数年かかるかもしれません。

 

短期的には、ヨーロッパのLNG輸入が増えると見込まれます。米国のバイデン大統領とフォン・デア・ライエン欧州委員長は先日、米国によるEUへのLNG追加供給で合意しました。また、これと併せて、再生可能エネルギーの供給加速に向けて協力して取り組んでいくことでも合意しています。

 

ロシアへの依存度を引き下げる取り組みの一環として、今後は再生可能エネルギーの導入強化などがさらに進む可能性もありますが、一方で、状況が逼迫した場合には、石炭の役割などに関して実用主義的な考えが強まることも予想されます。そのため、今回の危機がエネルギー安全保障にとって結局プラスになるのかマイナスになるのかは不透明で、長期的な影響は予測しづらくなっています。

 


一番不透明なのは、戦争がいつまで続くのか、今後戦いが激化するおそれはあるのか、ロシア側が対抗措置を強化してヨーロッパへの石油とガスの供給が完全にストップする事態にならないかといった、戦争そのものに関することです。

 

ただ、後退があるにしても、あくまで一過性なのではないかと思っています。長い目で見れば、今回の危機をきっかけに、世界全体で再生可能エネルギーへのシフトを加速させて化石燃料への依存度を引き下げていく必要性が明白になるかもしれません。

 

Q: 今日は非常に興味深い話をありがとうございました。最後にコメントがあればお願いします。

 

今、私たちは複雑で目まぐるしい状況に直面しています。今回の戦争は、世界経済、海運業界、そして人々の生活に衝撃と混乱をもたらしています。とにかく一刻も早く停戦し、ウクライナの人々、そして世界全体が、なんとか回復と正常化に向けた道を歩み出せることを願うばかりです。私たちはこれからも、この戦争の影響を受けているすべての方々と思いを共にしていきます。

 

 

 

Torunn Biller-Whiteは、ウクライナ危機をテーマにGardSingapore Maritime Weekと共同で47日に開催した、Charterers & Tradersウェビナーに登壇しました。本ウェビナーでは、初めにWhiteがプレゼンテーションを行ったのち、Craig JohnsonCharterers and Traders ClaimsグループVice President)がモデレーターとなり、Terri JayCharterers and Traders UnderwritingグループVice President)とMalene WangDefence and Charterers and Traders Claims所属Senior Lawyer)を交えたパネルディスカッションを行いました。当日の録画をこちらからご覧いただけます。

Gard INSIGHT 21 APRIL2022

 

 

こちらは、英文記事「Crisis in Ukraine – an interview with Torunn Biller White2022421日付の和訳です。