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航海関連事故の調査では、まずは、船橋の当直者が対象になるのが通常です。航海事故には人的要因が大きく関わりますが、水域ごとの航海関連事故の発生のしやすさの違いにも着目するべきかもしれません。

ほとんどの事故調査報告書は、航海関連事故の根本原因が「ヒューマンエラー」であると結論付ける傾向にあります。調査結果を見ると、ヒューマンエラーにはたいてい状況の認識不足、船員の見張りと能力の不足が伴います。一部の調査報告書に見られるように、ヒューマンエラーは事故につながる多くの要因の一つに過ぎないといえるかもしれません。調査の際に注意が払われていない他の要因が存在するかもしれず、これには航海関連事故の頻発する水域、すなわち「ホットスポット」などが含まれます。

 

この記事では、航海関連事故について考えられる様々な状況を、船舶の動静データから考察していきます。まず2016年から2020年の5年間のすべての航海関連事故について収集したデータを評価し、地理的な位置が衝突・座礁にどのように関係するのかを理解します。接触事故、すなわち固定物との接触は、その多くが離着岸時の操船に関係するものであるため除外しています。このような事故は評価するには複雑で、本記事の対象としては適切ではありません。

次に、航海関連事故を引き起こす要因に焦点を当てます。ヒューマンエラーではなく船舶の挙動に着目します。船舶の挙動は、航海士などの「人」と関連しているとも言えますが、船舶の挙動を検討すると、異なるパターンが見つかり、別の見方を得ることができます。

 

詳しい分析結果を検討する前に、Gardのクレームデータからこの問題の規模感を確認しましょう。

 

Gardの航海関連クレーム

 

2016~2020保険年度のGardの船体保険クレームデータを見ると、Gardの船体保険ポートフォリオにおける航海関連クレーム数は15%の増加となっています。これらのクレームは、Gardの加入船舶数の増加を差し引くと、同期間における発生頻度、つまり1隻当たりのクレーム数が減少していることを示しています。平均すると、過去5年間の総計で航海関連クレームの頻度は7.2%で、1年間で14隻に1隻が事故に遭っていることになります。Gardの場合、これらのクレームには事故の状況に応じてゼロから数百万ドルの保険金が支払われており、平均すると1 クレーム当たり30万米ドルとなります。高額のクレームと免責金額を下回るクレームの潜在的リスク要因は、クレームに伴う費用にかかわらず、非常によく似ているといえます。

 

 

動静データ

 

下記のヒートマップは、世界の商船隊における5000GT超の全船舶について、Lloyd's List Intelligenceのデータベースに登録されている全衝突・座礁事故を表示したもののです。明るい黄色の水域は事故件数が多く、これに対して水色の部分は事故件数が比較的少ないことを示しています。

 

別ウィンドウでヒートマップを開く

 

世界の座礁・衝突事故を水域別に示すヒートマップ。出典:Lloyd's List Intelligence Casualties Data 2016-2020、Windward Predictive Intelligence Platform。

水域ごとの事故件数

 

多くの運航者や船員は航海関連事故の多い水域をよく知っているので、このヒートマップは意外なものではないかもしれません。下記のマップは、各水域における航海関連事故の件数を示しています。理解しやいように、対象水域を定義する一般的な地理的境界に基づいて各水域に名前を付けていますが、こうした名称は便宜的なものであり、参照用途以外では使用しないでください。

 

 

出典:Lloyd's List Intelligence Casualties Data 2016-2020

 

マップと詳細データ表

 

衝突や座礁の発生数の多い水域を順位付けする際は、次のような不確定要素を考慮する必要があります。

 

  1. 水域の地理的な広さとは連動しない。
  2. 通航量が異なる場合がある。
  3. 風や潮流などの気候条件が異なる。

 

 

「航海日数」

 

あらゆる不確定要素をすべて数値化することは困難ですが、Windwardのデータインサイトを用いて、上記マップに記載された各ホットスポットについて、「航海日数」で計算した各水域の交通密度の概観を把握することができました。航海日数」とは、船舶数に船舶が各水域に滞在した期間(日数)を乗じた延べ日数です。

 

 

航海日数(通航量)上位10水域。出典:Windward Data Insight

 

マップと詳細データ表

 

 

水域の事故率

 

総航海日数を踏まえて、上記のすべての水域を事故「率」で順位付けすることができます。事故率は当該水域における航海日当たりの事故発生可能性と捉えることができます。分かりやすくするために、100航海日ごとの率を示しています。以下のマップでは、各水域の率を衝突・座礁の合計別、衝突別、座礁別に示しています。

 

 

衝突・座礁合計の上位10水域

 

出典: Lloyd's List Intelligence Casualties Data 2016-2020、Windward Predictive Intelligence Platform

 

マップと詳細データ表

 

 

衝突の上位10水域

 

 

出典: Lloyd's List Intelligence Casualties Data 2016-2020、Windward Predictive Intelligence Platform

 

マップと詳細データ表

 

 

座礁の上位10水域

 

 

出典: Lloyd's List Intelligence Casualties Data 2016-2020、Windward Predictive Intelligence Platform

 

マップと詳細データ表

 

 

世界のホットスポット

 

船員は通常、船舶の密度の高い水域を航海のリスクが高いと考えます。しかし、一定期間の事故を見てみると、シンガポールやマラッカ海峡などは世界でも特に通航量が多い水域ですが、事故率の順位は低くなっています。寧波と上海でも同様の構図が見られ、世界でも特に貿易量の多い水域であるのに事故率では下位になっています。

 

上記の順位を見ると、一部の水域では座礁が発生しやすく、他の水域で衝突のリスクが高くなっていることが分かります。この記事では各水域を個別には評価しませんが、概して船舶の密度の高い港湾は管理されていないことが多く、これが衝突の発生率が高くなる原因となっている可能性があります。同様に、年間や一日の干満差の大きい港湾は座礁のリスクが高くなっているようです。事故率の高い港湾には複数の要因がありますが、特に顕著なのは以下のようなものです。

 

  • 分離通航方式
  • 可航水域の水深と幅
  • 船舶交通情報システム(VTIS)の有効性
  • 当該水域の航海に関する水先人のトレーニングと経験
  • 海流との位置関係、気象・海象、その他の外的要因

 

上記のリストはすべてを網羅したものではなく、航海事故には複数の要因があり、各水域を綿密に評価する必要があることを示すものです。

 

船舶の挙動

 

Gardのロスプリベンションはリスク要因の評価に重点を置いていますが、中には広く議論や対応の行われていないものもあります。本記事の後半では、船舶の特定の挙動によって航海関連事故のリスクが増大するのかを検証します。この目的で、AISの動静データを使用してGardのクレームデータを分析し、これまでに航海関連事故につながってきた挙動を評価します。

 

クレームの頻度を、(衝突と座礁など)同種のクレームのサブグループ毎に分類しています。

 

この分析では、船種、船舶の大きさ、船齢といった静的要因を取り入れて、クレームデータと挙動データの双方に影響を与え得る要因を調整しています。ある船舶の挙動データは、類似カテゴリーの船舶のデータと比較すべきです。例えば、超大型原油タンカー(VLCC)は通常、小型タンカーに比べて1年間の平均航行距離が長くなります。このように、カテゴリーの異なるもの同士を比較することのないようにしています。

 

主なリスク要因

 

座礁事故について、リスクの高い挙動には以下のようなものがあります。

 

  • 航海速度に対する最高速度:このリスク要因は、事故の前一年間の最大観測速度(AIS速度)を、船舶の航海速度に対する比率で測定したものです。「航海速度」は、船舶が夏季最大満載喫水で航行中に維持するように設計されている最高速度と定義します。観測速度が航海速度を上回るほど、座礁事故の発生する可能性が高くなります。
  • 河川交通量:総航行時間のうち、船舶が河川を航行する時間の割合。この時間が長くなると、事故に遭う可能性が高くなります。
  • 利用実績のない港への寄港:このリスク要因では、すべての寄港地のうち、事故の前一年間に船舶が初めて寄港した港湾の数を評価します。ある港湾に初めて寄港する際にその港湾に不案内であることのリスクは、特にブリッジチームが港湾のインフラをよく知らない場合には、はるかに高くなります。
  • 速度中央値にあった時間の割合(高いほどよい):ある年の航海速度の中央値で航行する時間の割合(ノットで測定)。速度の変動が少ないほど、座礁のリスクが低下します。
  • 寄港地数:1年間の寄港地数が多くなると、座礁に関するリスクが増大します。ここに挙げたホットスポットに限らず、すべての港湾に当てはまります。

 

上記のリスク要因は、従来のヒューマンエラーのアプローチ以上に座礁事故について深く理解する手掛かりを提供します。また、リスクを軽減するために導入可能な現実的な抑制策があるかを判断するのにも役立ちます。

 

例えば、寄港実績のない港への寄港に関連するリスク要因は、ブリッジチームだけでは軽減することはできません。安全に関して寄港実績がないことの影響を考慮するかどうかは、ビジネス上の判断になります。船員がこのリスクについてトレーニングを受けていても、データが示すように、航海の計画・遂行時にこのリスクを考慮しないと、トレーニングだけでは十分に防げません。

 

ケーススタディ
Gardのデータベースからの一例として、あるコンテナ船は1暦年に2度の座礁事故に遭っています。この座礁事故は、営業部門が定期運航スケジュールを変更した後、ある新設港湾への最初の寄港時と2度目の寄港時に発生したものです。インフラが良好ではない可能性のある港湾への寄港が見込まれる場合は、このようなリスクがさらに増大します。上記にリストアップしたリスクの高い水域を再確認することで、船舶の運航者と航海士は指針を得ることができます。

 

 

衝突

 

座礁と衝突は多くの保険者で「航海関連の事故」に分類されます。しかし、その結果とリスク要因は多様です。衝突の場合の事故対応は、座礁の場合と比べて、費用面からもケースごとに大きく異なります。Gardの分析によると、衝突のクレームはその対応計画や、クレーム費用への影響だけでなく、リスク要因も多様です。下記のリストでは、衝突事故と強い相関関係のあるリスク要因を取り上げています。

 

  • 停泊時間:総航行時間のうち、停泊している時間の割合。停泊時間が長くなるほど衝突のリスクが高くなります。このリスク要因は、停泊中の船舶の衝突数を実際に目にしない限り、特に通航量の多い輻輳海域周辺に停泊している船舶の場合は、理解しづらいかもしれません。
  • 航海速度に対する最大速度:前年に観測された最大速度(航海速度に対する比率で測定)。座礁と衝突のクレームに共通する要因です。
  • 大規模港湾への寄港:港湾内の通航量が多いほど、港湾に関するリスク要因が増加します。これは船舶の密度と事故率とを比較したこれまでの分析とは一致しない場合があります。港湾の規模は、ある年に港湾に寄港した船舶数を用いて測定し、港湾の平均規模は、他の類似カテゴリーの船舶の平均に対して相対的に測定しています。
  • 加速度:総航行時間のうち、船舶が1.2 km/分以上加速した時間の比率。動静データによって、加速の頻度と衝突に相関関係があることが明らかになっています。
  • 航行距離:船舶の一年間の総航行距離が長くなると、衝突のリスクは低くなります。


ケーススタディ
加速の影響を示すある事例では、他の例と同じように、水先人の下船後に加速を開始していました。その事例の船舶は小型タンカーで、1244GMTで水先人が下船した時の対地速度は7ノットでした。水先人の下船後直ちに本船は分離通航帯に入り、極微速から半速前進に速度を上げました。卓越流により、本船の速度は1300 GMT付近で14.2ノットに上昇し、さらに16.5ノットまで上昇した後に海上交通路で交差する船と衝突しました。VDRを再生したところ、ブリッジが混乱に陥っている様子が明らかになりました。

 

 

本記事の情報の活用方法

 

この記事の目的は、様々な観点から航海関連の事故にアプローチすることです。記事中の情報の大部分は、報告された事故のデータや船舶のAIS動静データに基づいています。

 

  • 静的リスク評価対動的リスク評価:Gardでは、メンバーの皆様が定期的な航海監査、航海リスクの評価、その他の調査の実施に尽力されていることを認識しています。これらの調査は、規制遵守のために重要なものですが、そこから分かるリスクの実態は限られています。調査や監査の多くは、その時点で提供されているエビデンスに基づいており、これは監査期間中の評価を良好にするものです。航海監査やリスク評価では、地理的リスクや、一定の航海パターンでの船舶の挙動に伴うリスクは考慮されていません。世界のホットスポットとリスクある挙動を共に理解することにより、より動的なリスクの実態を把握することができます。例えば、運航者が船舶に対して利用実績のない寄港地を指定すると、航海のリスク、特に座礁事故のリスクが増大します。同様に、水先人下船後に急加速する船舶は、そうでない船舶に比べて衝突する傾向が高くなっています。航海の計画時に、これらの要因についてブリッジチームと評価・議論を行う必要があります。これらの既知のリスクを把握しておくことで、リスクへの対処やリスク軽減を図ることができます。
  •  航海の安全性:航海の安全性は主にブリッジチームの責務ですが、機関部からのサポートもこれに含まれます。陸上側のサポートの役割は、航海の安全面に関しては十分に認識されていません。Gardでは、ロスプリベンションに関するクライアントからの質問の多くが、港湾と地理的リスクに関する情報を求める内容となっています。このことは、運航者が一般に船舶と船員の安全性確保を全体的な視点で捉えていることを示しています。それを踏まえて、この記事も、船舶管理者によるこのような取り組みに役立つような内容になっています。港湾のリスク順位は経時的に変化しますが、より良いデータを用いることで、世界の航海リスクの実態がデータによって裏付けられ、運航者はブリッジチームをサポートするための情報を得ることができるのではないでしょうか。この記事に記載している情報は、安全な航海に向けた、部門を超えた取り組みを支援することを目的としています。
  • 航海事故の調査:航海事故の調査の大半は、「ヒューマンエラー」を事故の根本原因としています。調査員が事故当時の状況を再現して事故の状況を完全に理解しようとすることはめったにありません。事故を避けるためのあらゆる措置がブリッジチームの義務に従って実施されていたらどうだったでしょうか? ブリッジチームが過去にも同様の操船を行って事故を避けることができていたらどうだったでしょうか? Gardの調査方法は、航海監査へのアプローチと同様に静的であるため、常にリスクの変化する船舶航行の動的性質は考慮されていません。例えば、船舶の寄港スケジュールに余裕がない場合には、航海事故のリスクが高くなることを考慮し、ブリッジチームにはそれに応じた助言を与えることをお勧めします。同様に、混雑した港湾や、利用実績のない港湾にはじめて寄港する可能性がある場合、船長は十分に心構えをしておくことをお勧めします。ビジネス上の意思決定をする営業担当者は、決定の過程で航海の安全性を考慮に入れることが重要です。

 

免責事項

 

  • このインサイトの目的は、世界中の航海事故の概観を作成することです。
  • 使用した事故数はすべてLloyd's List Intelligence のデータベースで報告されている事故によるものです。小規模な事故は報告されていない可能性があり、その水域でさらに事故が報告されると数値が変化する場合があります。

 

  • LPインサイトを適切に用いることで、船主や航海士は航海の計画・遂行時の固有のリスクを評価することができます。

 

本記事を営利目的または紛争解決のために使用しないでください。本記事の情報は専らロスプリベンションに役立てることを目的とするものです。

 

 

Gardのデータプロバイダーについて

 

AIS(船舶自動識別装置)動静データの普及により、航海に関連する事故について最もリスクの高い水域を確認するのが比較的容易になっています。GardはデータパートナーとしてWinwardのAIプラットフォームを用いて分析を実施しました。Windwardは予測インテリジェンスの主要企業で、AIとビッグデータを融合させて世界の海運業をデジタル化し、企業がビジネス・経営のレディネスを達成することを可能にしています。WinwardのAI主導のソリューションにより、利害関係者は予測インテリジェンスを活用したリアルタイムの意志決定が可能となり、海洋生態系とその安全性、財務、ビジネスへの広範な影響を360度見渡すことができます。

 

300年間の海事データの信頼できるエキスパートパートナーであるLloyd's List Intelligenceは、1803年に開始された最初の海事事故報告サービスです。その専門的に管理されたデータベースは、現在ではAIを用いて常時検証・文脈化される何十億ものデータポイントで構成されており、一連のオンラインツールやデータ供給の中心となって、海事データの収集・解釈を通じてリスクを特定し、海上貿易の監視を通じて機会を捉えたい何千人もの専門家に時間の節約をもたらしています。