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北欧海上保険協会(Cefor)は北欧諸国の海上保険会社を代表する組織です。加入メンバーのために良質な海上保険の振興と知識共有の推進に取り組んでおり、9つのメンバーフォーラムが主な活動の舞台となっています。その中の1つであるCefor技術フォーラムは先日、MARPOL条約2020の硫黄分規制に基づく低硫黄重油を使用した運航の実情をまとめた報告書を発表しました。その全文を転載いたします。

こちらは、英文記事「Cefor reports post-IMO 2020 experiences cases」(2021年4月29日付)の和訳です。

2020年1月1日より、船舶で使用する燃料油の硫黄分に関する新たな規制が施行されました。「IMO 2020」の名称で知られるこの規制は、指定排出規制海域の外を航行する船舶で使用する燃料油の硫黄分を従来の3.5%から0.5%に大幅に制限するものです。この変更はMARPOL条約附属書VIの改正による大気汚染規制強化の一環で、海運業界には長期間にわたり周知がなされてきました。しかし、そのような周知をもってしても、技術面・運航面・金銭面で業界に与える影響はかなり大きいと予想され、この新しい低硫黄重油(VLSFO)の取り扱いがうまくいかず、エンジンが損傷する事故やそれに関するクレーム件数が増えるという予測も立てられました。

 

厳しい現実

 

規制の施行から1年が経った現在、この規制によって船舶を原因とする大気汚染は大幅に減少したと国際海事機関(IMO)は分析しています。これはもちろん喜ばしいことですが、その一方で、船舶燃料の供給や入手のしやすさもこれまでと一変しました。また、VLSFOへの移行は大方の予想よりスムーズに進んできたかもしれませんが、それでも問題がないわけではありません。

 

施行前の準備については、Ceforメンバーの多くが入念に計画を立てていたようですが、何をいつ行えばいいのかよく分からないメンバーもいたようです。施行が延期されるものと思い、ただ傍観していたメンバーもいました。いずれにしても、その誰もが、「十分な量の適合油が流通するのか」、「適合油を製造できるよう製油所への投資は行われるのか」、「適合油の品質はどうか」、「既存のエンジンに何か悪影響を及ぼす可能性はないのか」、「船員は新しい要件にうまく対応できるのか」といった多くの懸念を抱えていました。ところが、いざ施行日を迎えると業界はいつものように適応したのです。

 

だからといって、船主や船員、保険会社がこの件でまったく困っていないかというとそうではありません。事故は起きています。中には深刻な損傷を引き起こした事故もありました。修理費がかかるうえ、主に重要な部品が在庫切れといった理由で修理待ちの間の逸失利益も発生したことから、保険請求額がかなりの額に上ったものもあります。また相当数の船主から、運航上の問題や保険請求には至らないような軽微な事故についても連絡を受けています。

 

本当の課題

 

船舶燃料の補給や取り扱いはこれまでもずっと複雑な問題であり、運航面での問題源となってきました。燃料がらみのエンジン損傷は今に始まったことではありません。しかしながら、IMO 2020施行後の燃料油はいっそう複雑な問題となっており、船主や船舶管理者、船員がどんなにベストを尽くしても、この複雑さが原因となりトラブルが発生しています。

 

大半の船主は、施行に向けて技術面でも運航面でも入念に準備を行いました。これまでのところは、受け入れ可能な品質の燃料油が基本的には供給されています。また、性質が若干異なるといった多少の問題がある場合でも、エンジンに問題が発生しない形でうまく使用してきました。

 

しかし、2018年に起きた粗悪油の供給問題(ヒューストン地域を皮切りにその後各地にも拡大)で影響を受けなかったエンジンとひどい損傷を受けたエンジンがあったように、VLSFOでもこれとある程度同じような状況が見られます。同類のエンジンでも影響の受け具合は異なり、エンジンのタイプによっても影響度合いは違うのです。このように結果がバラバラなのは、おそらくさまざまな問題が複雑に絡み合っているからでしょう。燃料油自体だけでなく、燃料の取り扱い方や運航中のエンジンの状態、エンジンの設計も関わってくるのです。

 

これまでに発生したエンジン損傷を見ますと、損傷したことや運航に深刻な影響を与えたことが分かる程のトラブルというのは、たいてい複数の要因が組み合わさって起きています。ただ、2020年は前半にトラブルが多く発生しており、これによって経験からある程度の教訓が得られたとも言えます。

 

これまでに分かっている要因をいくつか以下に紹介します。

 

タンククリーニング

 

これまでの検証の結果、損傷を引き起こす主な要因として最初に挙げられるのが、VLSFO補油前のタンククリーニングです。これには、クリーニングの度合いと品質(巨大なタンクやアクセスしにくいタンクもクリーニングできているか)、そしてクリーニング方法(MGOや薬品を使うか、またはウエスを使った手作業か)が関わってきます。クリーニング後のタンクの残渣油処理についても疑問が出てきました。陸揚げしたのか、セットリングタンクや前処理装置での処理後、装置で対応できるだけの方法(および量)で使用したのか、スラッジやFCC粒子(cat fine)はどうしたのか、混合後の油は安定していたのか、それともスラッジが発生して運航に支障が生じたのか、といった疑問です。

 

フィルタリング

 

エンジン損傷を引き起こす2つ目の要因は燃料フィルターの状態です。メーカーは目の細かいフィルター(通常10my)を使用するよう推奨しています。これを使うことで、エンジンに入るスラッジやFCC粒子の量を取り締まることができます。特に安定性が確保されていなかったりスラッジが発生しやすかったりするような燃料油の場合、このような目の細かいフィルターを取り付けておけば、船員も対処のしがいがあります。ところが、中にはフィルターエレメントの状態を維持・確認する方法が管理できていなかったり理解できていなかったりするケースも見受けられました。フィルターの状態を整えてこそ初めてその取り締まり効果が発揮され、船内で使用している前処理装置でも処理しきれなかった燃料がもたらす作用を回避・制限できるようになるのです。

 

潤滑油

 

3つ目の要因は、2ストロークエンジンでのシリンダ注油の影響です。2020年の前半には、相当数の船主がスカッフィングの問題に悩まされました。なぜなら、シリンダ注油を正しく行うには、シリンダ油注油率とシリンダ油の残存アルカリ価(BN)の測定値を組み合わせることが必要だからです。アルカリ価は燃料油の硫黄分に基づいて決定します。注油率も正しくなければなりません(操作パネルに表示される調整値ではなく、シリンダライナ内への吐出量に基づいて行う)。少なすぎても危険ですし、多すぎても良くありません。また、潤滑油(LO)のBN値によってLOの特性は変わり、エンジンに与える影響も変わってきます。BN値が低すぎると燃焼室の清浄効果が抑制され、逆にBN値が高すぎると清浄は十分に行われるものの、燃焼室で「必要な」腐食が妨げられ、LOが十分な潤滑効果を発揮するのに必要な「露出したグラファイト構造」ができなくなってしまいます。つまりBN値が低すぎても高すぎても、スカッフィング、燃焼への悪影響、シリンダライナの激しい摩耗を引き起こしてしまうのです。さらに、ピストンリングの種類や質も関係してきます。エンジンに推奨されているサーメット被膜のリングがなかなか入手できない場合、若干のスカッフィングはほぼ避けられない状態でした。

 

それにしても、この問題に最適な対処ができた人はいるのでしょうか。燃焼室やシリンダライナ、ピストンリングの状態を点検する時間やタイミングがあり、しかも、その点検結果に基づいて注油率とBN値を調整できる能力があって、メンテナンスをどうにかこなした人でも、結局損傷に至ってしまっているのです。

 

動粘度

 

VLSFOの使用によって動粘度の問題も頻発するようになりました。これが損傷の4つ目の要因です。VLSFOは密度や動粘度に非常に幅があることが分かっており、2~3cst/50℃まで低下していることもあります。エンジンに注入する際の動粘度は通常10~15cstでなければなりません。そのため、調整には正しく機能する粘度計・温度調整装置が必要となり、場合によっては注入前に加熱どころか冷却作業が必要になることもあります。この動粘度の問題については対処法が分かってきています。

 

安定性

 

損傷の要因として広く確認されているものの5つ目は、VLSFOの方が従来の高硫黄重油に比べて単体安定性と混合安定性が劣り、長期保管により受ける影響が大きくなる点です。これについても対処は可能ですが、計画、試験、技能、知識が必要になります。これから取り入れる燃料油の性状、またすでに船内にある燃料油の取り扱い方を知ろうとする場合、燃料油の試験はきわめて重要な作業となってきましたし、今も重要であることに変わりありません。

 

最後に

 

船舶燃料油の供給と取り扱いは、IMO 2020の施行後も依然として複雑な問題となっています。この複雑な問題に対処するには、トラブルの数を減らすためにも、またトラブルが実際に起きてしまった場合にそれを解決するためにも、あらゆる関係者の協力が必要となります。この問題に関わるさまざまな当事者全員が一丸となってくれると期待するのは楽観的すぎる見方かもしれませんが、率直かつ誠実な姿勢で協力し、コミュニケーションを取ることで、トラブルを回避・対処しやすくなる可能性がずっと高くなるのです。

 

これまでうまく対応してきた海運業界ではありますが、先も見据えなければなりません。船舶燃料油がガソリンスタンドで給油するガソリンと同じくらい安心できる品質になるまでは、業界全体で注意を払う必要があります。クレームの数は著しく増えたわけではありませんが、粗悪油や燃料の粗末な取り扱いは、外航船、内航船問わず大きなリスクとなっているからです。

 

北欧海上保険協会(Cefor)は、Sjøassurandørernes CentralforeningCEFOR – 海上保険業者中央組合)の名称で1911年に発足しました。Cefor技術フォーラムでは、協会メンバーが主に関心を持っている技術面・運航面での問題について話し合い、海運やオフショアの安全に関する問題や規則に携わる在北欧組織や国際組織とも協力関係を築いています。Gardからは、このフォーラムにKristin UrdahlSenior Loss Prevention Executive)、Svend Leo LarsenSenior Claims Adviser)の両名が参加しています。

 

今回、Gardの読者向けに転載を許可してくださったCeforに御礼申し上げます。本報告書(Technical Forum’s Memo No.9)の原文はCeforのウェブサイトでご覧いただけます。

 

20201月よりVLSFOの使用が義務づけられたことで、船主、船員、傭船者は施行から半年の間に技術面・コンプライアンス面・法律面でさまざまな問題に直面しました。Gardが実際に扱った問題については、Insight記事「IMO 2020:低硫黄重油(VLSFO)への移行についての振り返り」でご確認いただけます。