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水先人との良好な関係を築く。水先人嚮導の開始時に船長と水先人とで十分に情報交換を行う。そのうえで嚮導中のブリッジリソースマネジメントを適切に行う。水先人嚮導を事故なく終えるには、こうした要素が重要となります。

こちらは、英文記事「Pilot on the bridge」(2021年7月6日付)の和訳です。

国際P&Iグループ(IG)は2020年12月、1999~2009年までの20年間に発生した水先人嚮導中の船をめぐるP&Iクレームに関する報告書を発表しました。この期間中、水先人の過失が事故の一因または直接の原因となった事故は1,046件発生しており、合計損害額は18億ドルを超えています。事故の件数や程度は年によってばらつきがありますが、件数は平均すると年間52件となり、これは週に1件の事故が起きている計算になります。また、1件当たりの平均損害額は約170万ドルとなっています。

 

種類

事故件数

損害額概算(米ドル)

事故件数割合

損害額割合

停泊船・固定物・
浮遊物への衝突

630

1,148,762,868

60%

63%

相互衝突

327

479,620,178

31%

26%

座礁

81

190,532,761

8%

10%

航行

8

2,741,232

1%

1%

合計

1,046

1,821,657,039

 

 

 

 

報告書では事故を4つに分類しています。上の表を見ると分かるように、事故の大半は「停泊船・固定物・浮遊物への衝突」です。その全体に占める割合は件数・損害額ともに約60%となっています。これは、水先人が離着岸時のサポートのために乗船することが多いためだと考えられます。次に多いのが他船との「相互衝突」です。こちらは件数・損害額ともに全体の約30%を占めています。「座礁」については発生条件がある程度限られてくるため、発生件数は年間約4件と、先の2つと比べると当然かなり少なくなっていますが、平均損害額は235万ドルと4つの中で最も高くなっています。また、座礁事故全体の25%がスエズ運河で発生している点は要注目です。「航行」に関するクレームというのは、嚮導中の船が通った後のうねりを原因とするクレームのことですが、こちらは件数・損害額ともに比較的少なくなっています。

 

この報告書の全文は国際P&Iグループのウェブサイトでダウンロードできます。

 

ブリッジのリソースを最大限活用するには

 

水先人嚮導中の船で発生しP&Iクレームにつながった事故の状況を検証していると、明らかにブリッジリソースマネジメント(BRM)が二の次になっているケースがよくあります。嚮導中の船で事故が起きるのは、多くはブリッジチーム全体としての働きが芳しくないことが原因です。船長と航海士も事故に加担してしまっていると考えられています。そこでIGのこの報告書では、水先人嚮導中の安全航海には、嚮導開始前に「船長・水先人の情報交換(MPX)」をしっかり行い、嚮導中のBRMを適切に行うことが重要だとしています。そして、必要なのはこうした分野の研修の強化であり、研修で次のような点を中心に取り上げるべきと強調しています。

 

  • 適切かつ入念なMPX。エンジン出力やステアリング、係船柱の強度など、船の機関・装置の制約がある場合に、それらの情報を余すところなく確実に水先人に通知する。
  • 嚮導中の航海計画すべての把握。
  • 航海士による警戒の必要性。本船が航海計画に基づいて進んでいるかを常に確認する。
  • 航海計画からの逸脱を確認した場合の航海士による迅速な指摘。
  • 疑問点があるときなどの水先人とのコミュニケーション。
  • 状況や水先人が意図している行動について不明な点がある場合の、航海士からの質問の奨励。またその最も効果的な質問方法について。
  • 船長への再啓発。水先人はあくまでブリッジチームの支援のもと操船を指示する立場にあり(ただしパナマ運河だけは例外)、嚮導中でも指揮権を持つのは船長である。水先人の行動で本船が危険に陥ると感じるような場合、船長にはそれに介入する権利があり、むしろ介入しなければならない。

 

嚮導中にブリッジチームがしっかりと役目を果たせるようにするには、まず水先人と最初から良好な関係を築くことが大切です。水先人と当直船員が良好な関係を築けるかは、水先人が乗船してくるところから始まります。乗船作業は、水先人がいつ怪我をしてもおかしくない本当に危険な作業だからです。

 

Gardの見解

 

現代社会は常に時間に追われており、特に船上では、どんな問題が潜んでいるか立ち止まって考えたり、「もしも」の話を考えたりする時間はほとんどありません。操舵装置の故障や火災など、船員や船体に危害が及ぶ可能性が明白な緊急事態に関する対応計画やチェックリストはそろっています。ところが、深刻な事故の多くはそのきっかけ自体に緊急性はなく、危害が及ぶ可能性を予想していなかったり、あまりにも軽視していたために、残念ながら緊急事態に発展していってしまうのです。私たちは「もしも」の話は考えず、悪いことなど起こらないと自分に言い聞かせようとしますが、この話を考えることは広い意味で状況認識の大きな一環と言えます。

 

BRMの整備は、チームとして取り組むことの重要性を強調することで状況認識不足への対処に大きく役立ってきました。しかし、ブリッジメンバーが手元の仕事に忙殺されていたり、疲労などの人的要因が作用していると、全く検討もしていなかったような潜在的な緊急事態が起こる可能性は相当高くなるでしょう。

 

Gardではこれまでの重大事故に関する知見から、次のような施策が船舶の安全を向上させるものと考えます。

 

  • チームとリーダーシップに対するトレーニングを実施し、「声を上げ」やすい、信頼感で結びついたオープンな環境・文化を築けるようにすること。
  • BRM研修を頻繁に実施するとともに、船内設備に精通すること。
  • 航海士や陸上スタッフがワークショップを通じて学んだ事故に関する経験・教訓を共有すること。会社からの注意喚起や事故に関する通知を送付するだけでは効果は限定的である。
  • 船主の経営トップが、社内の会議やワークショップ、安全協議などの場を通じて積極的な役割を担うこと。
  • 船員同士や第三者との英語によるコミュニケーションがスムーズに行える船員を配置すること。
  • 単独で見張りをする状況を作らないこと。港域内や閉鎖水域を運航する際には、船長がブリッジで対応にあたること。
  • 装置のアラーム機能をオフにせず、作動した場合には注意を払うこと。
  • STCW条約(特に、安全・適切な人員配置や休息時間)を確実に順守すること。

 

BRM、安全文化、水先人嚮導については、以下のGard記事でも情報やアドバイスを紹介しています。