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より良い未来を求め、命を危険にさらしながらも地中海を渡って欧州へ向かう移民が後を絶ちません。小型のボートは超満員で、沈没寸前のひどい状態のいかだもよく見受けられます。運が良ければ商船や非政府組織(NGO)の船に救助されますが、渡り切れずに溺れてしまう人は数知れません。これは政治的対応が必要な人道上憂慮すべき事態であると同時に、GardのメンバーであるMaersk Tankers A/S社が経験したように、船主にとっても重大な問題です。

こちらは、英文記事「The Maersk Etienne rescue highlights the difficulties in disembarking migrants rescued at sea」(2020年10月8日付)の和訳です。

救助

 

2020年9月4日、デンマーク船籍のタンカーMaersk Etienne(37,000 DW)はチュニジアのスキラ(La Skhira)への航行中、危険な状態にある小型の移民ボートを支援するため針路を変更してほしいと、マルタの海事救援調整センターから要請を受けました。移民たちの乗ったそのボートがいたのは、チュニジアとリビアとの国境に程近いマルタ領海の外でした。現場に到着した本船はボートの風よけとなり、その後の指示を待ちました。その間にも天候の悪化によってみるみる危機的な状況になっていきました。一刻を争う事態だったため、本船は27人の移民を救助しました(それから間もなくしてボートは沈没しました)。本船は海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)で定められた義務を果たし、移民たちの命を救ったのです。

 

27人の移民たちの健康状態は概ね問題なさそうでした。27人の内訳は、男性が26人、女性が1人で、女性は妊娠していました。彼らには一時的な避難場所、毛布、食料、水などの必需品が提供されました。

 

 

その後、Maersk Etienne号はマルタに向かい始めましたが、領海に入ることを拒否されてしまいます。そのため、領海外で錨泊し下船について国と港からの説明を待つ一方、マルタとチュニジアの両国では、いずれかの国で移民たちの下船許可が得られるよう弁護士と現地のP&Iコレスポンデントが立てられました。

 

 

移民を下船させるための取り組み

 

デンマークはマルタ、チュニジアの2国とそれぞれ政府高官レベルで協議を行うなどかなり尽力したものの、どちらの国でも移民の下船受け入れ要請は非常に難航しました。海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)やSOLAS条約などの規則では、国籍や身分、置かれている状況を問わず、洋上で危険にさらされている人を確実に救助し、捜索救助(SAR)活動を統括しているSAR当局の指示に従って安全な場所で下船させるよう、船舶と沿岸諸国に相補的な義務を課しています。それにもかかわらず、両国は下船を拒否したのです。このような難しい状況にあったため、Maersk Tankers社では地中海を運航しているいずれかのNGOの船に移民を引き渡せないかも検討してみましたが、同社にとってもGardにとっても、危険と見なされている国や港で下船させることは考えられませんでした。

 

それぞれの国の当局が下船を許可せざるを得ない方向に持っていければと、メディアを使ったキャンペーンも展開しましたが、あいにく、期待していたような効果はあまり得られませんでした。ところが、救助から2週間ほどすると、マルタの首相官邸からデンマーク政府に対して、移民を空路で出国させてもよいとの申し出がありました。ただし、この提案には条件があり、移民が上陸して空港に送り届けられた後すぐにマルタから出発できるように飛行機を待機させておく必要がありました。こうすることで、マルタ国内で移民が待機する時間は実質的になくなるからです。提案そのものは良かったのですが、27人の国籍は少なくとも5か国にのぼり、パスポートも所持していなかったことから、仮にそのようなフライトを手配できたとして目的地をどこにするかという問題がありました。

 

何の解決策も見い出せないまま時間が過ぎる中、本船の船籍国であるデンマークで下船させる案も検討されました。ただ、本船の次の目的地はベナンであったため、この案を採用した場合大きく離路することになってしまいます。デンマークへ向かうという解決策は、下船の許可が出るかどうかの確認が事前に取れない状況にあることもあり、好ましくはありませんでした。移民たちは次第に自暴自棄になり、しまいには3人が海へ飛び込む事態になりましたが、幸い全員本船の乗組員によって再び無事に救助され、他の移民たちのもとに戻ることができました。

 

事態がようやく解決したのは2020年9月11日のことで、移民たちはNGO Mediterraneaが運航する移民救助船Mare Jonio号に引き渡され、その後イタリアで無事に下船することができました。

 

根本的な解決には各国の協調と歩み寄りが必要

 

今回のケースからもお分かりのように、地中海を渡る移民の数が増え始めてから10年近く経っても、メンバーはいまだにこのような問題に直面するおそれがあります。ギリシャやイタリア、スペインなどの国々は、その地理的な面から、大量の移民が押し寄せる代表的な場所となり、移民が居住するためのキャンプが作られてきました。彼らはそこに滞在しながら自分の今後の運命を左右する決定が下されるのを待つのです。移民キャンプの人口が多く、他の欧州諸国にもそれなりの割合を受け入れてもらいたくてもそれがなかなか進まないことから、地中海沿岸諸国では当然ながら下船許可を渋る傾向が強まっています。

 

今回のMaersk Etienne号のケースを受けて、海事関連の多くの団体は先日、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長を含むEU首脳宛に共同書簡を送り、洋上で救助された人々が決まった流れですぐに下船できるよう欧州連合に対策を求めました。移民を下船させるのが難しい現在の状況では、救助の必要があっても見て見ぬふりをしようと思う船が出てきかねません。もちろんこれは絶対にあってはならないことであり、実際にそのような行動を取った場合には多額の罰金を科せられる可能性もあります。ただ幸いにも、そのようなケースは今まで報告されていません。

 

ギリシャにあるモリア移民キャンプで最近火災が発生し、これをきっかけに、移民の受け入れ負担を他の欧州諸国と分担し、各国に割り当てる最適な方法についての議論が再燃しました。この議論の中では、一部の国で公平な解決を妨げる存在と見なされているとして、ダブリン協定が槍玉に挙げられたようです。しかし、EU各国が新たな移民受け入れ計画について合意に至るのは、多くの点で歩み寄りが必要な難しい課題になりそうです。

 

その間にも、メンバーは移民の救助に関する問題に引き続き直面しています。洋上で危険にさらされている人々を救助するという義務はもちろん果たしていますが、その大半のケースで下船に関する問題が発生しているのです。Maersk Etienne号については、約38日間停泊した後Mare Jonio号に移民を引き渡し、ようやく本来の航海を再開することができました。言うまでもなく、このような状況によって、メンバーは費用負担を強いられる可能性があるだけでなく、契約上の義務やその他の約束を履行できずに厳しい立場に陥る可能性もあります。

 

Gardとしては、移民にとっても船主にとっても状況の改善につながるような政治的な解決策が一刻も早く取りまとめられることを願うばかりです。Maersk Etienne号の乗組員が救助・保護した移民

 

たちに対し、メンバーであるMaersk Tankers社は人道的な対応をしてくださいました。そのサポートをできたことを光栄に思います。

 

P&I保険について一言

 

洋上での人命救助に関して、P&I保険では、被救助者を船上で保護するための追加費用(食料や医療品など)をてん補するほか、下船に伴う離路費用もてん補します。ただし、不稼働損失、または逸失利益などの財務損失はてん補されません。てん補対象の説明についてはGardの記事「難民救助– P&Iカバーと支援」をご参照ください。メンバーの負担をさらに和らげるため、免責額については、「メンバーが洋上にいる移民、難民その他の人の救出または救出の試みによる関連費用および経費を負担した場合には、当組合は、都度、その裁量により、これを免除することができます。」

 

メンバーであるMaersk Tankers社の人道的な取り組みを称えるとともに、本記事にアドバイスをくださったことを感謝いたします。