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ここ数年、インドネシア群島内の海域で多くの座礁事故が発生しています。その多くは水深の異常に関係するものでした。海図に記されている障害物であれば事故は回避できますが、海図には記されていない浅瀬やリーフ、岩礁などの障害物の場合はどうすればよいでしょうか。事例研究を通して、このような座礁事故が起きるまでの過程、そして事故のリスクを可能な限り小さくするための対策について見ていきましょう。

こちらは、英文記事「Grounding incidents in the Indonesian archipelago」(2020年7月7日付)の和訳です。

はじめに

インドネシア群島は複数の主要な海上交易路上にまたがっており、インド洋と南シナ海やセレベス海を行き来するために、日々無数の船舶が島々の間にある狭い海峡を通って縫うように進んでいきます。この海域は船舶が輻輳し、操船余地がなく、しかも海図には記されていない障害物が水面下にあるうえ、水路測量データも比較的古く測量地点がまばらなことから、航行には注意を要します。 これらの点から、海図にない障害物への座礁が一番の危険であることが分かるでしょう。これが今回のInsightで取り上げる問題です。ここでは、このような座礁事故は回避可能なのか、そして可能であればどのように避ければよいのか、ということについて考えていきたいと思います。

そのために、まずこの海域での船舶の航行パターンを調べ、次にGardが最近取り扱った事例をいくつか見ていきます。今回取り上げる事例研究にはいずれにも共通する特徴が複数あり、各事例をご紹介した後、その特徴を考察していきます。そして最後に、乗組員と陸側の管理者が取り入れられるような推奨事項をいくつかご紹介します。

 

動静データの航海計画への活用

「踏みならされた道こそが一番安全である」という古いことわざがありますが、これは航海計画にもあてはまることです。ある航海で通ろうとしている航路が適切か否かを判断するには、航海計画に関する従来の評価手順を踏むだけでなく、サイズや、その海域を通った時の喫水が似通っている他船の過去の航海も調べる必要があります。

 

こういった過去の航跡情報からは以下のような貴重な情報を手に入れることができ、いずれも安全な航海計画に役立てることができます。

 

  • 航路の航行頻度
  • 刊行物に記載のアドバイスに従った航路を取っているか
  • 喫水やサイズなど、該当海域を航行した船舶の詳細
  • 季節ごとの航行パターン
  • 航行速度

 

 ジャワ海には毎年さまざまなサイズの船がスンダ海峡(Sunda strait)あるいはロンボク海峡(Lombok strait)のいずれかを通って多数出入りしています。そこで今回私たちは、貨物積載船舶の過去のAISデータを使用して2019年の通航量を分析することにしました。対象は、こういった狭い海峡を通ってこの海域にやってくる喫水12メートル以上の船舶です。

 

 

 

2019年の通航量 (喫水が12 m以上の船舶)

 

この通航量データからは、喫水の浅い船だけでなく、貨物を積載したVLCCやVLOCもスンダ海峡とロンボク海峡を普段から利用していることが分かります。唯一の例外がサペ海峡(Selat Sape)で、こちらはほとんど利用されることがありませんでした。海図上では水深約100メートルと記されているものの、2019年にこのサペ海峡を通った喫水12メートル以上の船はわずか3隻でした。この航路については3番目の事例研究で詳しく考察します。

現在、このような通航量に関するデータの活用に注目している船主や管理会社は多くはないかもしれませんが、海運業界にもデジタル化の波が押し寄せていることから、このデータ活用の流れが加速する可能性があります。

 

Gardの事例研究

事例研究1:カリマタ海峡(Karimata strait)での座礁

船舶:ばら積み船   
喫水:13 m    
航海:インドネシア~日本(カリマタ海峡経由)      

本船の船長はマカッサル海峡(Makassar strait)を経由するつもりであったが、ウェザールーティングサービスから距離が約50海里短くなるカリマタ海峡経由の航路を推奨されたため、本船はKarang Cinaなどのリーフに接近することになった。ウェザールーティングサービスからはおおよその変針点が示されたが、提案された航路を航行していったことで、群島航路帯(ASL)、および他船が通常通る航路からかなり離れてしまった。そして、海図に載っていない障害物に乗り上げ、離礁までに16日間を要した。

過去の動静データを見ると、同様の航路を取った船舶の大多数はASL内を航行し続け、カリマタ海峡内のさらに南側の位置を通るようにしていたことが分かります。本船の航路と過去の船舶動静データはこちらから確認できます。

 

事例研究2:カリマタ海峡での座礁

船舶:VLCC
喫水:20 m
航海:USガルフ~日本(スンダ海峡~カリマタ海峡経由)

本船には電子海図情報表示装置(ECDIS)と、航海計画の認定ソフトウェアが搭載されていた。基本的にはASLの中心線に沿って航行していたが、ブリトゥン島(Pulau Belitung)の東側を通り過ぎた後のあるポイントからは、計画に従ってASLの中心線から西に約10海里の航路を取り、そこで海図にない障害物に乗り上げてしまった。本船は過去に何度も同じ航路を航行した経験あり。離礁までには3週間を要した。

本船の座礁事故が起きる前に同じような喫水で同海域を航行した船舶の通航を分析すると、どれも座礁地点の数海里東を常に航行していたことが分かります。この本船が最終的に座礁した地点には海図に載っていないリーフがあることが後に判明しました。本船の航路と過去の船舶動静データはこちらから確認できます。

 

事例研究3:サぺ海峡沖での座礁

船舶:LPGタンカー
喫水:8 m
航海:インドネシア~オーストラリア(サぺ海峡経由)

 

航海計画ソフトウェアではコモド(Komodo)島とバンタ(Banta)島との間を通るサペ海峡経由の航路が推奨された。この航路はロンボク海峡経由の航路よりも距離が200海里短い。水路誌には、サペ海峡を通る航路は航行可能ではあるもののめったに利用されていない旨が記載されていたほか、その航路のすぐ近くには低潮高地があることも書かれていた。当時本船はECDISを使用しており、電子海図精度情報(CATZOC)ではこの海域は「C」に指定されていた。本船は18ノットの速度で座礁。航海計画ソフトウェアや乗組員は水路誌の情報を考慮しなかった。

マカッサル海峡からオーストラリアの北西部または西部にある港に向かっている場合などは、サペ海峡を通る方が採算は良くなるかもしれません。しかし、2019年の対象船舶すべて(サイズ、喫水を問わず)の通航を分析したところ(分析結果はこちら)、大多数の船がサペ海峡ではなくロンボク海峡を通峡していることが分かりました。

                                                                     

事例研究4:マカッサル海峡での座礁

本船:ばら積み船
喫水:14.3 m
航海:インドネシア・タボネオ~韓国

本船の航海計画では浅いリーフを多数通ることになっていた。19時頃、ちょうどASLの中心線から25海里以内に入ろうとしていたときに、漁船を何隻か避けようとしている間に座礁。ECDISでは座礁地点が水深30メートルの等深線上にあることを示していた。本船は離礁するために瀬取りを強いられ、離礁までに約60日を要した。座礁地点のCATZOCは「C」となっており、測量データには、「測量および収集データの精度低し水深に異常があるものと予測される」と記載されていた。

タボネオ出港後にマカッサル海峡を通峡した同様の喫水の船舶の通航分析からは、その大多数が、水深がさらに深く、浅いリーフがはるかに少ないさらに南寄りの航路を選んでいることが分かります。詳細はこちらから確認できます。

 

群島航路帯

インドネシア水域内およびその周辺を航行したことのある人であれば、海図に引かれているマゼンタ色の線はよくご存じでしょう。これは群島航路帯(ASL)の中心線を表しています。ASLは船舶の迅速な通航を実現するために指定されました。国際海事機関(IMO)決議MSC.71(69)では、船舶はASLの中心線から25海里以内までならどこを航行してもよいと定めていますが、カリマタ海峡のヒートマップや通航量マップ(こちらで確認できます)を見ると、喫水によって多少の差はあるものの、大多数の船舶が中心線近くを航行する傾向にあることが分かります。ASLの中心線は水深の最も深い場所でもなく推奨航路でもないという注釈がすべての海図についていても、この傾向が見られるのです。また、マカッサル海峡のヒートマップからは、ここを通航する大多数の船舶が海峡の中程では中心線の東側を常に走っているのが分かります。これまで座礁事故が起きた地点を見てみると、その多くはASLの中心線から25海里離れた限界線近くやその外側で起こっているようです。ただ、ASLの中心線近くで発生した事故もいくつかありました。2番目の事例研究で検討したように、中心線の西から10海里の地点で発生した事故などがその例です。

 

水路測量データ

インドネシア群島の多くの海域で行われた測量データは古く、紙海図の多くには船員に対する注釈が付いています。例えば2番目の事例研究では、ソースダイアグラム(測量データの密度と精度に関する情報を海図に記載したもの)を見ると、海図は主に1880~1909年に行われた調査を基に作成されており、「水深情報が不正確なため、記載されていない危険が存在する可能性あり」との注釈も付いていました。

一方の電子海図(ENC)では水路測量データに関する情報がコード化されており、CATZOCと呼ばれるこの情報により、位置と水深のおおよその精度が分かります。座礁事故の大半はこのCATZOCが「C」評価になっている場所で発生しています。「C」評価は、位置精度が±500メートルで水深精度が2メートル+水深の5%に相当する精度です。また、優れたデータを示せるよう国際水路機関(IHO)による改善が進められている点も注目ですが、新しいENCデータ形式「S-101」が出来上がるのは早くても2023年となる可能性があります。

船員は、ECDISの航路チェック機能や電子航海計画プログラムではCATZOCが考慮されていない場合があることに留意する必要があります。

また、まばらな測量や測量場所の偏りにも注意が必要です。つまり、この海域では測量が細かく行われていない可能性があるということです。さらには、インドネシア発行の紙海図、BA海図、ENCの間にも齟齬があるかもしれません。こういった齟齬は、ある特徴の位置やその有無といった形で現れる可能性があります。例えば3番目の事例研究を見てみると、本船が最終的に座礁した海域について、それぞれの海図で対照的な情報が記されていました。

  • インドネシア発行の海図ID 295(縮尺20万分の1)では岩礁の記号を表示
  • インドネシア発行の海図ID 268-2(縮尺5万分の1)では水深9メートルの浅海域を表示
  • BA海図2903および2910では洗岩の記号を表示
  • ENCセル(ID300295)では座礁場所の近くに孤立危険物の記号を表示。補足情報として、この岩が常時水面下にあることに言及

水路誌

水路誌は非常に便利な情報源で、特にジャワ海やその周辺海域のように海図に載っていない危険が数多く存在し測量調査が体系的に行われていないような地域では、その重要性は侮れません。

過去の動静データを見れば、水路誌に記載されているアドバイスに船舶が従っているかを分析することができます。例えば、2020年の最初の5か月間にスンダ海峡からカリマタ海峡に入ってきた船舶のAISデータ履歴を見ると(こちらで確認できます)、その大多数がe-NP 36(2019年第10版)の第8.6項に記載のアドバイスに従っていることが分かります。しかし、このような重要なアドバイスに従っていないケースも数多くあります。航海計画を立てる際に水路誌を参照していないという理由がおそらくその根底にあると思われます。

航海計画を立てる際には、ほとんどの会社がその過程で水路誌の参照を義務づけてはいますが、計画手順の要件と実際の作業との間には乖離があるようです。

今回の事例研究で取り上げた事故はいずれも、発行されている水路誌の情報をしっかり考慮していればおそらく避けられた可能性が十分にあるものばかりです。例えば3番目の事例研究を見てみましょう。この事例では、サペ海峡経由の航路の使用に関して水路誌で警告がなされていました。水路誌e-NP 34にはサペ海峡経由の航路について「航行可能ではあるものの、ほぼ利用されていない」との記載があるほか、本船の座礁地点のすぐ近くに低潮高地があるという情報も書かれていました。ところが、航海計画ソフトウェアが航路提案を行う際にこの情報が加味されなかったのです。

現在は刊行物を紙媒体ではなく電子媒体で提供されている船舶が増えてきています。載っている情報の中身は同じですが、職員が関連のある情報を探す際、このような電子媒体の閲覧方法は紙媒体の場合と比べて大きく異なります。

今や航海計画はコンピュータで行うのが当たり前になってきているようですが、水路誌に記載されている重要な情報は計画時に必ず参照するようにしなければなりません。また、ECDISの航路チェック機能や電子航海計画プログラムでは水路誌の情報が考慮されていない場合があることにも留意する必要があります。

 

海図に記載のない障害物への座礁リスクを減らすための推奨事項

測量データとCATZOCジャワ海やその周辺海域の多くの場所では、水深に関する不正確な情報があることは間違いありません。インドネシア海洋情報部(Indonesian Hydrographic Centre)では現在この点の改善に努めていますが、対象海域が広大なことから時間を要するでしょう。ある航海に際して複数の航路から1つを選ぶ場合には、測量データがより新しく、位置と水深の精度がより高い海域を通ることを重視すべきです。位置と水深の精度が比較的高い航路(CATZOCの評価がAまたはBなど)ではなく、精度が低い航路(CATZOCの評価がDまたはUなど)を選んだ場合には、その理由を記録しておく必要があります。また、測量データがまばらにしか取られていないことも考慮すべきポイントです。さらに、ECDISの航路チェック機能や多くの航海計画プログラムでは、航路確認時にCATZOCの評価が加味されないということに乗組員は留意しておかなければなりません。したがって航海計画を行う段階では、必要な情報があれば手作業で加えていく必要があります。

水路誌:水路誌には海図やECDISにはない有益な情報が大量に載っています。これこそが水路誌が非常に貴重である理由です。ある特定の航路に関する情報が載っているかを確かめる唯一の方法は、該当する冊子の該当する項目に目を通すことです。従わなかったアドバイスがある場合には、その理由を記録しておくことを推奨します。

電子媒体と紙媒体:水路誌など、電子媒体の情報はECDISで加味されない場合があることに留意する必要があります。紙媒体であれ電子媒体であれ、航海計画を立てる際にはどちらの媒体も確認すること、そして船橋のチーム員たちにとって分かりやすい形で関連情報を提示することが重要です。  

航路の選択:ある航路が安全かどうかを確認する際は、航海計画に関する従来の評価手順を踏むだけでなく、その海域の過去の航行データから、サイズや喫水が近い他の船がどのような航路を取ったかを調べるとよいでしょう。ヒートマップや通航量マップは自分の船の明細と一致する船舶の動きを抽出して表示してくれ、特に喫水は一般的に取られている航路を俯瞰するのにも役立てることができます。MGN 72など多くの航海指針に記載されているように、距離の短い航路が必ずしも安全とは言えない場合もあります。安全より営利上の問題を優先させるようなことは決してあってはなりません。

水路誌などの情報源から得た情報の提示方法:海図や航海計画書類に簡単な概要を書くなどして、乗組員の注意を該当する水路誌の関連箇所に向けさせる必要があります。これは、『Ocean Passages of the World』や一時関係通報(T&P)などのソースから得た関連情報を提示する場合にも言えることです。航海計画を担当する職員は、航海計画を印刷した紙に刊行物の号数を書くだけ、または情報が印刷された大量の紙を添付するだけといった習慣はやめるべきです。なぜなら、情報が分かりにくい形で提示されていると、当直航海士(OOW)が実際にその刊行物を参照する可能性が下がるからです。

 

本記事は、Gard のコレスポンデントであるAulis Insights Pte. Ltd.Bruce Ewen船長からの情報に基づいて作成したものです。 

 

[1] 本Insight記事に添付されている海図は航海用の海図ではありません。

[2] 本Insight記事に含まれている情報は、あくまでロスプリベンションを目的としたものであるため、営利目的または紛争解決目的には使用しないでください。

[3] 通航量分析に表示されている船舶の数は、使用しているサービスの提供者によって異なる場合があります。また、通航量分析に表示されている船舶の数は、AIS信号が発信されていないなどの理由から、その海域に実際に存在した船舶の数を表していない可能性があります。