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メンタルヘルスは、船上での身体的健康の重要な要素です。しかし、精神疾患に付きまとう社会的不名誉や、危機的状況にある船員への対処方法の理解不足から、ひとり孤立して精神的苦痛にさいなまれる船員は少なくありません。船員のメンタルヘルスを扱うシリーズの第3回目では、Sandra Guiguetが、自身が受講した12時間のメンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)講習の体験と特徴をお伝えします。

こちらは、英文記事「Mental Health First Aid: a game changer to improve our seafarers’ lives?
(2020年1月16日付)の和訳です。

私が緊急電話の当番にあたっていたとき、ある船員が航海中に船上で船員2人を刺傷したという通報が入りました。私たちはこの緊急事態に対応し、負傷した2人の救出を急ぎました。幸い病院への搬送が間に合い、2人は大量出血するほどの重傷を負ったものの一命をとりとめました。後になって、この事件を起こした男性船員は事件の数日前に精神不安定の兆候を見せていたことが判明しました。これは数年前の話ですが、船の上で状況が悪化すると手に負えなくなりかねないことを示す悲劇的な例として私の心に残りました。この事件では、どうにか最悪の結果は免れることができました。しかし、次の問いに対する疑問は残ったままです。それは「この事故を防ぐことはできただろうか」、「問題の船員が最初に精神不安定の兆候を示したときにできることはなかっただろうか」ということです。

 

私は最近、慈善団体Mind Hong Kong(Mind HK)が企画したメンタルヘルス・ファーストエイド講習を受講しました。Mind HKの目標の一つは、コミュニティメンタルヘルスを取り巻く社会的不名誉を解消し、様々な形のサポートと研修を提供することです。メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)講習は、オーストラリアの共同創設者が2000年に始めたもので、2012年にNGOとなりました。MHFAスタンダードコースでは、現在20カ国以上で研修を受けた講師が指導にあたっています。既に世界で300万人以上のMHFA実施者(エイダー)が、この国際的に認められた資格を取得しています。

 

私は、メンタルヘルスは人生の中で変化するものであり、人生のある段階で精神的な問題の兆候を示したからといって、必ずしもメンタルヘルスに不調を抱えているとは限らないことを学びました。その違いは、自然治癒力――不運な出来事から立ち直る能力――にあります。治癒力の低下はメンタルヘルスの悪化の可能性を示すと考えられ、時間が経つとそれが精神疾患につながる可能性があります。MHFAは、メンタルヘルスに問題を生じつつある人やメンタルヘルスの危機にある人にすぐに提供できるサポートです。そのため、早期介入の段階から関わり、適切な専門的治療を受けられるまで、または危機的状況が解決されるまで提供されます。

 

MHFA実施者は、12時間の短い講習を通じて、一般的なメンタルヘルスの問題の基礎知識のほか、メンタルヘルスの問題や危機の兆候を見つける方法、メンタルヘルスの問題が悪化する前に予備的に適切なサポートを提供する方法を学びます。ファーストエイド実施者が診断を行うことは期待されていません。この講習は、受講者をメンタルヘルスの専門家にするためのものではありません。講習の中心は、困っている人に専門家の支援を受けさせる方法について理解を深めることです。

 

MHFAのコンセプトは、「ALGEE」がベースになっています。これは、よくある精神障害(うつ、不安障害、精神病など)のほとんどに応用できるMHFAの各原則の頭字語をとったものです。

 

A: 危機的状況にある人に近づき、評価し、支援する(Approach, Assess and Assist the person with any crisis)

 

L: 判断せずに傾聴し、コミュニケーションをとる(Listen and communicate non-judgementally)

 

G: サポートと情報を提供する(Give support and Information)

 

E: 適切な専門的支援を得るよう勧める(Encourage the person to get appropriate professional help)

 

E: その他のサポートを勧める(Encourage other supports)

 

状況の評価

講習では、精神疾患の兆候について教わりました。いくつもの個別の兆候が現れるものですが、複合的に捉えることで問題の可能性があることに気付くことができます。メンタルヘルスに問題を抱える人は、自分ではそのことに十分気づいていない場合が多いため、これは重要なことです。うつ病を例にとって、うつ病の主な兆候を数多く学びました。米国精神医学会の精神障害の診断・統計マニュアル(DSM-5)によるうつ病の定義は、「非常に悲しい気持ちまたは抑うつ気分」と「以前は楽しかったことへの興味や喜びの喪失」の2大症状のいずれかを含む5つ以上の症状があり、それらの状態がほぼ毎日、2週間以上にわたって続いているというものです。

 

うつ病の症状が一つ現れると他の症状も現れやすいことを踏まえて、(うつ病の放置が招く)自殺に対処することが重要です。私たちが注意すべき自殺念慮の兆候とはどのようなものでしょうか。これは、引きこもり、不眠や過眠、無力感、易怒性、気分の急な変化など最初は気づきにくい症状から、不合理な行動や危険な活動への関与、死について話したり書いたりする、自傷や自殺をほのめかすなど深刻な状況を示す兆候まで、様々です。これらの症状にいくつか気づいたら気持ちを表現するよう促し、次に自殺について考えたり計画したりしているかどうかを尋ねるようにすべきです。これは、状況の深刻さを評価し、専門家の支援の必要性を判断する良い方法です。

 

効果的なコミュニケーション

ALGEEの要素のうち一つだけ覚えておくとしたら、「判断せずに傾聴し、コミュニケーションをとる」を選びます。これは私が想像していた以上に難しいことです。特に海のような厳しい男の世界では、メンタルヘルスにまつわる社会的不名誉が広く蔓延していることがあります。それに加え、ここ何十年か世界は幸福の追求に取り憑かれ、幸福でなければならないかのような風潮があり、最近は少しでも「落ち込む」と不評を買い、あっさり解雇されることもしばしばです。まったくの善意からであっても、「元気を出して、きっとよくなるよ」といった些細なひと言は禁句とすべきでしょう。そうした言葉は、少なくとも、助けたいと思う相手の話を辛抱強く積極的に傾聴した上で、会話の中の適切なタイミングで(希望を持たせるために)発するべきです。

 

効果的なコミュニケーションが鍵です。それには言葉のスキルや言葉によらないスキルと共に、適切な姿勢が必要です。積極的傾聴をしているときは、携帯電話をチェックしたり、腕を組んだり、批判的な目で見つめることは避けましょう。真の積極的傾聴者になるためには、携帯電話を置き、両手を広げ、相手の話すことに完全に集中する必要があります。面と向かい合って不安にさせるのではなく、親近感を与えるために隣に座ってはどうでしょうか。ボディランゲージが大きな違いを生み、気の進まない人や内気な人でも心を開いて安心して個人的な思いを打ち明ける場合があります。これは軽度の精神的問題にも効果的ですが、自殺念慮や精神障害のある人を支援するなどのより危機的な状況にも有効でしょう。

 

適切な姿勢には、受容、相手の気持ちとプライバシーの尊重、秘密保持も必要であり、無理に話をさせずに辛抱強く傾聴し、自由回答式の質問をし、誠実に共感を表し、相手の気持ちを理解する必要があります。言い換えると、これは難しいことではありませんが、うまく行えるように、方法を学んでおくことが大変役に立ちます。

 

 

サポートの提供

 

ファーストエイド実施者はまず、これから何が始まろうとしているのか、そして何よりも重要なことして、希望があり、助けが得られる可能性があることを相手に認識させます。それは、臨床心理士、カウンセラー、ソーシャルワーカーなどの心理専門家に相談するか、精神科医などの医師に相談するなど、どのような形の支援や治療が得られるかの情報を提供することです。問題を抱えている人が専門分野のプロの支援を受けることに抵抗がある場合などは、一般医に相談することも出発点として悪いことではなく、良いアドバイスが得られるはずです。リラクゼーション、ヨガ、鍼、認知行動療法など、推奨できることは他にも多くあります。

 

傾聴してから専門家の支援を推奨するまでにできることはあるでしょうか。答えはイエスです。MHFAの講習では、突然妙な行動をとるようになり、汗をかき、震え、胸の痛みを訴え、呼吸困難になり、息をのみ、めまいを感じるようになった同僚と会話することを想像するよう求められました。ほとんどの人は不安になり、困惑し、どう反応したらよいかわからず、心臓発作を疑って救急車を呼ぶのがせいぜいでしょう。救急車を呼ぶのは確かに正しい決断です。実際に心臓発作の可能性もあり、医師に診察してもらった方がよい別の身体的問題かもしれないため、必ず救急車は呼ぶべきです。しかし、それがパニック発作である可能性もあります。パニック発作は約10分間続くことがあり、そのような重度の不安症状が現れた人を支援する方法は誰でも学ぶことができます。

 

講習では、パニック発作だと考えられる場合、最初にやるべきことは、命に関わる状況ではなく安全で症状は収まると伝えて安心させることだと教わりました。また、可能であれば、楽に座れるか横になれる静かな場所を見つけ(触ってもよいか尋ねて許可をもらわない限り相手に触れないこと)、そこから呼吸法によって心拍数を下げるようにします。特にパニック発作には過呼吸が伴い、それがもとでふらつきや指のうずきなどの症状が現れるため、呼吸のバランスを整えることが重要です。最善の方法は、ゆっくり呼吸するサイクルに導くことです。手を上下に動かすのに合わせて吸ったり吐いたりさせる場合、落ち着いてくるまで声や手で合図をします。

 

パニック発作は不安障害を持つ人に最も起こりやすいものの、必ずというわけではありません。25%以上の人が一生に一度はパニック障害を経験し、それが前触れや特定の理由もなく起きることを考えると、パニック発作について理解し、対処方法を学ぶ価値はあります。すぐに医者にかかることができない船の上ではなおさらです。

 

 

推奨事項

 

精神障害はよくあることで、複雑で多面的であり、時には心理面、行動面、身体面の症状が合わさって様々な形で現れます。短時間で収まる軽度の症状で治療できる場合もあれば、長期にわたり生活に影響を与える疾患も、急性で生命を脅かす可能性のある危機もあります。誰もが、自分自身のこととして、あるいは友人や親戚を通じて、一度は精神的問題を経験するはずです。それに伴う社会的不名誉と戦うため、十分な知識を持つことが役に立ちます。ぜひ一歩踏み込み、適切に対応して身近な人々を助ける方法を学んでください。

 

私は講習を通じて、メンタルヘルス・ファーストエイドはきわめて価値があり、身につけやすいことを実感しました。船員についても、従来のファーストエイドの訓練を受けるのと同様に、MHFAの講習を受けるとよいことを確信しました。船で生活や仕事をするということは、他のどこよりも環境面で過酷な場合があります。私たちは、精神疾患を見逃したまま長期にわたって船員が苦しむ状況をなくすようにし、最悪の状況を招かないようにすべきです。仲間を傷つけた船員に早期に介入することで事件は防げたでしょうか。おそらく共感ができ講習を受けたメンタルヘルス・ファーストエイド実施者であれば、彼を支援して事件を防ぐことができたでしょう。

 

誰でも数時間でファーストエイド実施者になることが可能で、ごく簡単なツールで精神的な悩みを抱える人を助けることができます。私たちは皆、周囲の人を気づかうことが求められます。長期にわたって集団で狭い生活空間を共有する船の上ではなおさらです。そこで、まずはメンタルヘルスに対する意識を高めて、問題に対応し、その上で、可能であれば船員の福祉向上に貢献するために行動しましょう。