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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の広がりにより、これまでに経験したことのない世界規模のロックダウンや厳しい渡航制限が実施され、数千人の船員が通常の勤務期間を超過する契約の延長を求められています。Gardシンガポールオフィスのロスプリベンションマネージャー、Kunal Pathakが、現在の厳しい状況下における船員のメンタルヘルスの維持についてお話しします。船長でもあるKunalは、原油タンカーやばら積み貨物船で12年の航海経験があり、船上での生活については高い見識を備えています。

こちらは、英文記事「Seafarers in a time of pandemic – strategies for maintaining and improving mental wellbeing」(2020年4月23日付)の和訳です。

船員は閉鎖的な空間に全く不慣れなわけではありません。時には勤務契約期間中に上陸許可が下りる可能性がほとんどないまま船上で過ごすこともあります。船員は少ない人数ながら、自分たちで電気や水、食事をまかない、日常の小さな失敗や、時には大きな危機に対処しつつ、1つの町のようなコミュニティを切り盛りしています。

 

船上での生活には精神的回復力(メンタルレジリエンス)が必要ですが、多くの船員は経験を通してそれを習得し、強化していきます。船員はそれぞれ、不安や孤独、無力感、気分の落ち込みに関する自分なりの対処方法を持っています。ただ、そのことについて聞かれることがないため、話題にすることがないだけです。船員が自分で対処できる限界を超えたストレスを受けたときにようやくPeople Claimsチームに神経衰弱や精神疾患の症例が報告されることになります。

 

COVID-19の蔓延は別の危機ももたらしています。長引く危機が原因で船員のメンタルヘルスに影響が出ていますが、影響が船上での勤務期間中だけでなく、勤務期間終了後にまで及んでいるのです。これは好ましい状態ではありません。今回のGard Insightは、船員のメンタルヘルスに焦点を当てたシリーズの4回目です。今回は、陸上管理者との連携により、現在の厳しい状況下において船員のメンタルヘルスの維持に役立つ、実証済みの心理ツールをご紹介します。

 

船員と船員が大切にする人々

船員の精神的疲労やストレスは、船員の労働環境に直接影響を受けます。自然災害や戦争といった衝撃的な出来事でメンタルヘルスが損なわれる可能性がありますが、COVID-19の蔓延も例外ではありません。それは人生のあらゆる側面に大きな不確実性をもたらしています。私たち大勢と同じく、船員も自身の安全と家族や友人の安全に不安を覚えています。しかも、船上で働く船員は、家で待つ大切な人たちと離れた場所で不安に耐えなければならないのです。

 

最近、私は乗船勤務中の船員にインタビューを行いました。彼の契約は3か月延長され、その後、クルーイングマネージャーからは連絡が来ていないとのことでした。彼の乗船勤務期間は既に10か月を超えており、彼の乗船する船は新型コロナウイルスの感染率の高い港に寄港しようとしていました。同僚の船員たちも、自分たちの身を案じながら、厳重なロックダウンが行われている国で自分の帰りを待つ家族の身を案じていました。

 

私は契約の延長を求められた別の船員の配偶者とも話しました。彼女の返答は示唆に富んでいました。

 

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「最初、ニュースで乗組員の帰還が制限されると聞いたときは、パニックになりました。私たちの国ではちょうど全国規模のロックダウンが開始されたところで、夫が船から帰る方法がなくなってしまったのです。クルーイングマネージャーに連絡しましたが曖昧で素っ気ない返答でした。   ニュースを聞いた当初はパニックになり、そんな状態が24時間続きました。その後、徐々に自分がコントロールできることに気持ちを切り替えていきました。家には小さな子どもと高齢者がいて、私が世話しなければいけません。問題ではなく、解決方法を見つけることに集中力をシフトする必要がありました。こうした落ちつき(つまり、状況に対する二次反応)が、何とか自分の家を守り、そして何より、冷静に対応するのに役立ちました。」

 

彼女に同じような問題に直面している配偶者にどのようなアドバイスがあるか尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。

 

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「人に手を差し伸べたり、アドバイスしたりする前に、まず、どうすれば自分自身を救えるかを知っておく必要があると思います。今の状態はいつか正常に戻ると思いますが、その時に私たちは自分たちにとって本当に大切な人が誰なのかを知ることになるでしょう。」

 

私たちは耳を傾けているでしょうか?

 

船員の感情面、心理面の状態は、次の3つの基本的な質問に集約できます。「私たちのことを見てくれていますか? 私たちの声が届いていますか? 私たちのことはどうでもいいのでしょうか?」

 

私たちは船員の方々に、皆さんの声が届いていることを知ってもらいたいと考えています。現在、複数の業界団体が船員を重要な輸送労働者として扱うことを提唱しています。Gard内で最初に船員の声に反応を示したひとりが、Chief Claims & Organisation OfficerのChristen Guddalでした。

 

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「さらに多くの船員が契約期間を超えて業務に従事することを求められると予想されますが、彼らは帰りを待つ大切な人たちのことを心配しているはずです。精神的ストレス、不安、抑うつ的な思考は、仕事中の忍耐力や集中力にも悪影響を与える可能性があります。クレームの面ではこうした状況をリスク要因の増大につながるものと捉えています。」

 

Gardは、国連グローバル・コンパクトの「持続可能な海洋ビジネス・アクション・プラットフォーム」のメンバーシップの活動の一環として、グローバルリスク&レスポンスのCovid-19タスクフォースに参加しています。同タスクフォースには、IAPH(国際港湾協会)を始めとする主な業界関係者が参加しています。乗組員への医療支援と乗組員の交替を定められたとおりに行うことが、現在、Covid-19タスクフォースの最優先課題となっています。また、ILO(国際労働機関)は、海事労働問題とコロナウイルス(COVID-19)に関する文書を発行しています。同文書には、海事労働条約の規定に照らしてCOVID-19のパンデミックにまつわる複雑な状況に対処するための最善の方法を示したガイダンスが含まれています。

 

様々なレベルでの継続的な取り組みが実り、慎重ながら乗組員の帰還に関する制限が緩和された港もあり、状況は徐々に改善に向かっています。現況は平常時のビジネスとは程遠いものの、前向きな取り組みが行われており、船員の声は届いています。物事がどのくらいの速さで正常に戻るかは、個人や組織がコントロールできる範囲を完全に超えています。私たちがコントロールできることは、現在私たちが置かれている状況に対し、私たちがどのように対処・対応するか、という点です。

 

ストレスの多い今、船員はどうすれば回復力を強化できるでしょうか?

 

船員が無力感にしばし苦しんでいる場合、そうした無力感をどうやれば「感じない」で済むのか、個人のレベルから検討を始めましょう。まずは、精神的回復力の強化に使える有効性の証明された簡単なテクニックとルーチンを見てみましょう。

 

なお、紹介するツールは長い月日をかけて効果が証明されているものの、いずれも重度の不安神経症やうつ病の患者には使用できるものではありません。重度のケースでは臨床心理学者や精神科医の支援が不可欠です。また、これから紹介する方法は心理学者が提供する専門家としての助言に代わるものではありません。なお、私の同僚のSandra Guiguetが執筆した記事「Mental Health First Aid (メンタルヘルスファーストエイド)HTML / PDF」では、専門家の支援が得られるまでに、どのように重症患者に対応すべきかを一定の範囲で示した基本的ガイドラインをご紹介しています。 

 

私たちの思考は周囲の状況の影響を受けます。私たちの行動は私たちの思考の影響を受け、私たちの精神的健康と身体的健康に影響を与えます。私たちは熟慮の上で行動すれば、周囲の状況の影響を受けて過度に否定的な考えを持つことを防げるようになります。

 

1. 心理ツールの1つ目は、紙の左側に自分の考えていることと、それらを含めた状況について書くことです。紙の右側は空けておいてください。後で否定的な考えの隣に肯定的な考えを書いていきます。

 

私は乗船勤務していたときにこのテクニックを使いました。以下は、船上で粗悪な食事が出されたと感じたときの私の反応です。

 

船で食べた食事がひどかった

私は船で出される食事が嫌いだ。

今日の昼食はあまり好きではなかった。大抵、夕食の方が昼食より良いものが出される。

私は懸命に働いているのに、こんな粗末な食事はまっぴらだ。

時々仕事が大変な日もあるが、船で食事ができる。幸い、食糧は十分用意されている。

私たちは動物のような扱いを受けている。

私はきちんと1日3回食事ができており、生活環境も快適だ。

誰も私のことを気にしていない。私が生きようと死のうとどうでもいいことなのだ。

私には大切な家族がいる。今度電話するときに、どれだけ大切に想っているかを伝えよう。

私は特に料理長の私たちに対する接し方が嫌いだ。料理長は食事を作ることで私たちを世話した気になっている。

料理長は何か問題を抱えているのかもしれない。料理長のことをもう少し知るために時々彼と話した方がいいだろう。24時間休まずに調理場で9か月間ずっと私たち大勢の食事を作るのは大変だろう。料理長にとっては毎日が同じことの繰り返しだ。

船長も私のことなど気にしていない。

船長はとにかく船員全員を管理しなければならず、参っているのかもしれない。今度船長に会った時は挨拶して、船長がうまくいくことを祈ろう。

 

 

左右の欄に、同じ問題について対照的な感情が書かれています。理由は、2つの異なる思考体系が働いているためです。このエクササイズを行っている間、私たちは、同じ状況に対し、一次反応を働かせると同時に二次反応を働かせることができます。船員の配偶者との話に戻りますと、その配偶者は、一次反応でパニックを起こしていることを認識した上で、二次反応を働かせることで、より合理的な考えに切り替えることができました。著名な心理学者であるダニエル・カーネマン氏(ノーベル経済学賞受賞)は、この現象を「システム1」と「システム2」として自身の著書『ファスト&スロー』で説明しています。同氏によると、システム1は速い思考で、本能によって動かされています。システム2は、熟考とロジックによって動かされる、遅い思考です。システム2の働きはすぐには始まらないかもしれませんが、システム2が働くまで、落ち着いてよく考える必要があるでしょう。

 

システム1と2はともに重要であり、前述のエクササイズを行うことで両方のシステムを働かせることができるようになり、両方の思考を学習できます。つまり、私たちは二次反応を働かせる方法を習得できるのです。私たちは自身の悲観的な説明スタイルに事実を呈示しながら反論し、楽観的・理性的な説明スタイルを習得できます。こうすることで、不安や気分の落ち込みが軽減され、精神的回復力が高まります。

 

2. 2番目のツールは、マーティン・セリグマン教授の「ポジティブ心理学」の研究を参考にしたものです。マーティン・セリグマン教授は、ポジティブ心理学の創設者のひとりです。同氏は「なぜ幸せな人々は幸せなのか」という理論を科学的に証明することに成功しており、ポジティブ心理学、回復力(レジリエンス)、学習性無力感、うつ病、楽観主義、悲観主義の分野における世界的権威です。セリグマン教授は、ポジティブな心理状態に影響を与えるのは、ネガティブな思考が存在しないことではなく、ポジティブな思考が存在することだと言います。教授は長い年月をかけて幸福に関する理論を発展させ、PERMAモデルを使用して、ウェルビーイング(良好状態)を構成する5つの要素を説明しています。PERMAは次の5要素の各頭文字を取ったものです。Positive Emotion(ポジティブな感情)、Engagement(関わり、没頭)、Relationships(人間関係)、Meaning(意味、意義)、Accomplishment(達成感)。PERMAモデルについて詳しくはこちらでお読みいただけます。

 

セリグマン教授が発見した手法の中から、ポジティブな思考を構築するために皆さんが試せる方法を1つ紹介します。

 

毎晩寝る前に、その日「うまくいったこと」を3書き出し、「どうしてうまくいったのか」もあわせて書きます。小さなことでも大きなことでも、何でも構いません。食べ物のことや仲間の船員とのやり取りについて書いても構いません。同僚や家族と電話で話すときに、この3つについて話し合うのも良いでしょう。

 

このエクササイズは単純に聞こえるかもしれませんが、このポジティブ心理学によるインターベンション(介入)は、無作為割当、プラセボ、対照試験という代表的なテストを経て効果が証明されています。研究では、このエクササイズを6か月間実践した人々に驚くべきことが起こったと報告されています。第一に、このエクササイズを開始した人を計測したところ、幸福度が上昇し、抑うつ度が大きく低下していました。第二に、さらに驚くべきことに、一度このエクササイズを始めると楽しくなりやめられなくなることです。セリグマン教授はこの手法を「3つの祝福エクササイズ」と呼んでおり、これは、その日にあった不愉快な出来事の代わりに、その日にあった良い出来事を思い出すのに役立ちます。また、同時に感謝の気持ちを表すことにも役立ちます。

 

今回言及した2つのツールは、精神的回復力を構築するための重要な出発点です。1つ目のツールは私たちの思考が2つの異なるシステムで機能することに関連し、2つ目のツールは感謝の気持ちに関連するものです。ある調査研究の中で、セリグマン教授は幸福感の独立予測因子を知るために行った回帰分析の中で24個の「性格的強み」を考察しました。結果、幸福感の重要かつポジティブな独立予測因子は、感謝向学心の2つだけであることが分かっています。回帰分析の結果を始めとする上記研究の詳細の一部はbeautiful minds(ビューティフルマインド)でお読みいただけます。

 

繰り返しとなりますが、上記で紹介したツールは精神衛生の改善を目的とするものであり、専門家の支援が不可欠な神経衰弱状態の人に適用することはできませんのでご注意ください。

 

マネージャーが支援できることは何でしょうか?

 

同僚のKristin Urdahlが Gard Insight「 Seafarers’ mental health and wellbeing(船員のメンタルヘルスと幸福感について)HTML / PDF」の中で示した推奨事項に沿って、クルーイングマネージャーと運航者が乗組員を支援する際に利用できるアイデアをいくつかご紹介します。乗組員の帰還に制限が加えられれば、ストレスや不安が増すことは必須で、不眠や疲労の増大につながる可能性があります。Gardでは、メンバーが現実に近いシナリオで危機対応を理解するための「危機対応訓練」を実施しています。危機管理チームは不慮の災難が発生したときは常に人々を最優先にします。今回のCOVID-19による災難はややゆっくりと進行し、長引く性質のものですが、まさしく危機そのものです。今回の危機では、組織の有様だけでなく、海運業界全体の有様が明らかになるでしょう。今、疑問があるとすれば、それは、私たちは本当に人々を最優先にしているのか、という点です。

 

私が話した船員のひとりは、「今こそHSEQマネージャー、管理責任者(DPA)、クルーイングマネージャーが本領を発揮する時だ。彼らが『いつも話していることを実行』するとすればそれは今でしょう」と語っていました。クルーイングマネージャーは、船員に正確な関連情報を提供し、船員と緊密かつ頻繁に連絡を取り続ける必要があります。また、船員に十分な情報提供を行うことと同じくらい重要なことは、船員の近親者に連絡し、会社が近親者にとって大切な存在である船員を守るためにあらゆる予防策を取っていることを伝えることです。

 

Gardの危機対応訓練メニューの1つに、不慮の災難が発生した際の近親者との接し方に関するものがあります。約2時間の訓練の中で、近親者役から取り乱した電話がかかってきた際のマネージャーの対応ぶりが観察されます。クルーイング部門に求められることは共感です。と言うのも、大切な人を失った人、あるいは自分の幸福に不安を覚える人の感情に対応する必要があるからです。現在の新型コロナウイルスのパンデミックは、船員だけでなく、彼らを家で待つ家族にも同等のケアと共感が求められます。クルーイングマネージャーから家族に関連情報を簡単に電話で伝えるだけでも、この先ずっと感謝されることでしょう。

 

結論

 

ローマは一日して成らず、です。個人の精神衛生や組織文化の構築には一定の時間と不断の努力が必要です。日本の生産性哲学である「改善」を参考に、毎日少しずつ改善を積み重ねていきましょう。

 

  • 管理責任者(DPA)、船隊の人事担当ディレクター、船隊管理者、CEO、人事部にとっては、今こそリーダーシップを発揮・確立する時です。
  • 船員の声は既に届いており、国連レベルで船員の帰還を促進するための一貫した方策が取り組まれています。
  • COVID-19はこれまでに経験したことのない危機であり、人々は短時間に多くのことを学んでいる最中です。 どのような危機であれ、いずれは正常な状態に戻り、今学ばれている教訓が、個人レベルでも組織レベルでも、今後長きにわたって生かされることになるでしょう。
  • 簡単なツールを使用して、精神的回復力を向上させ、ポジティブ思考を強化しましょう。 性格や人格は少しずつ構築できます。
  • 最後に、船舶の管理者にお願いがあります。次回、船長に電話する際は、「最近どうしていましたか?」と尋ねてください。そして、船長の返答を共感をもって聞いてください。それは、訪ねるのと同じくらい重要です。